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【土曜訪問】

「感情」で社会築けぬ 新刊で「天皇制の断念」を主張 大塚英志さん(批評家)

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 天皇制を断念しよう−。批評家の大塚英志(えいじ)さん(60)は四月に刊行した『感情天皇論』(ちくま新書)で、そんな主張をした。「天皇制はわれわれが公共性をつくることを妨げている」。日本で民主主義を機能させるために、導き出した結論だという。

 「近代より前の庶民は村の中で人生を終えることができた。誰かとすれ違ったら、あの人は誰ってすぐに分かる」。そんな暮らしは明治以降に一変した。「村から東京にやってきたら、隣の人が何を考えているかも分からない。そういう状態から、社会はどうあるべきかという公共性をつくらなければいけなかった」

 社会を築くためには言葉を闘わせ、ともに暮らせる条件をさぐる必要がある。「それが『みんなが天皇を好きだから』でおしまいになった」。戦前・戦中には「天皇」という言葉によって、国民は不合理な政策も受け入れるようになる。

 新憲法のもとでも、公共性をつくる難しさは変わらない−と考える。憲法第一条は天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」と定める。「その総意を示す手続きがないのに、天皇は公共性を表していることになっている」

 大塚さんは二〇〇〇年代に入る頃まで、天皇制を認める立場をとってきた。「天皇は権威として権力の暴走を抑止する機能があるかなと思っていた」。考えを変えたのは、イラク戦争が起きた〇三年のとき。フセイン政権が大量破壊兵器を保有しているかどうかあいまいなまま、日本政府はイラクへの自衛隊派遣を決めた。「一つの主権国家を滅ぼすことが、言葉による合理性ではなく、感情で是とされてしまった」。社会の右傾化が言われ始めた時期とも重なり、「これは公共性をつくれなかったからなんだなって」。

 『感情天皇論』は日本の民主主義の難点として天皇制とともに社会の「感情化」を挙げる。「気持ちと気持ちが通じればいいみたいなコミュニケーションが広がった」。感情に共感しあうことは議論で合意することとは違う。共感できない「他者」を社会から排除することにつながるからだ。

 大塚さんは「感情化」が天皇制を巻き込み、天皇の「象徴としての務め」のほとんどが国民に対する感情労働になっていると指摘する。「前の天皇の夫婦は最後まで立ったまま列車の中で手を振っていたけれど、あれがどれくらい人としてストレスがたまるか」

 上皇さまが退位の意向をにじませた一六年八月のビデオメッセージも事前の報道から「お気持ち」と呼ばれた。「彼は天皇の制度がスムーズに運営できるように改革してほしいって言いたかったわけでしょ。そこが通じなくて国民は『お疲れさま』で終わらせちゃった」。退位は実現したが、恒久法ではなく一代限りの特例とされるにとどまった。

 「感情化」する社会からの抜け道を、大塚さんは映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」(一九九七年公開)を引き合いに出して語る。映画では、登場人物たちが次々に溶けたり、はじけたりして消えていく奇妙なシーンが描かれる。突如として波打ち際の場面になり、ヒロインのアスカが主人公のシンジに「気持ち悪い」と謎の言葉を言い放って終幕する。「感情で自他の境界を融解させるんじゃなくて、気持ち悪い『他者』と向き合うところに戻んなきゃいけないっていうことだよね」

 国民の多くに支持されているが、「天皇だって努力しなければ理解できない『他者』ですよ」と語る。「天皇制を維持したいのであれば彼らと向き合って、人権や働き方をどうするのか、きちんと制度化しなきゃ駄目でしょ」

 『感情天皇論』ではあくまで「天皇制の断念」を主張。ローマ法王がイタリアの中のバチカン市国にいるように、天皇家を日本から分離する案を示した。憲法の天皇に関する条項の改正を前提とするものだ。「ぼくは憲法九条を守るべきだと考える立場だけど、変えるべき要件にも手を出さないのは、護憲派の誤りだと思う」

 今年夏には、衆参同日選の可能性も取り沙汰されている。「安倍政権が勝てば憲法改定の発議が行われますよ。今のように国民が憲法という公共性について考えないままだと、また日本は近代をつくれないで終わってしまう」 (小佐野慧太)

 

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