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【土曜訪問】

負け犬たちの復活戦 青年漫画誌の誕生秘話発掘 吉本浩二さん(漫画家)

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 泥くさいと評される作風で、人々の喜怒哀楽を熱く、優しく記録してきた。吉本浩二さん(45)は、徹底した取材を基にした「ノンフィクション漫画」を描く漫画家だ。

 最新作『ルーザーズ〜日本初の週刊青年漫画誌の誕生〜』は、雑誌『漫画アクション』(双葉社)の一九六七(昭和四十二)年の創刊秘話を発掘して話題を呼んでいる。同誌の二十一日発売号で完結したのを機に、埼玉県内の自宅兼仕事場を訪ねた。

 折しも、初期の同誌を代表する『ルパン三世』のモンキー・パンチさん、『子連れ狼』原作者の小池一夫さんが四月に亡くなったばかり。二人にも取材した吉本さんは「この作品を残せて良かったです。半世紀も前の話なので、五年遅かったら取材は間に合わなかった。漫画家は売れることが一番ですが、何かを残すということも、同じぐらい大切だと思っています」。

 主人公は、創刊編集長を務めた故・清水文人さん。モンキー・パンチさん、バロン吉元さんら、時代を先取りした作風の描き手を集め、「漫画は子どもの読み物」という当時の常識に逆らって「青年漫画」という分野を切り開いていく。通好みの漫画史として評価する声も多いが「実は、ごく普通の、無名の会社員がどう頑張ったのか、という群像劇なんです」。

 同社は戦後に岐阜市で創業し、東京に移転。後発の出版社だけに「大手には落ちた」編集者ばかりで、その中でも漫画担当者は文芸に比べて軽んじられていた。「モンキー先生やバロン先生も、多くの出版社に原稿を見せても認められなかった。いわば、負け犬の寄せ集めが苦労して駆け上がっていく物語を、今を生きる若い人を元気づけたくて描きました」

 「敗者」を意味する題名には、自身の姿も重なる。

 富山県黒部市出身。故郷が生んだ藤子不二雄にあこがれ、小学生にして愛読書は『まんが道』。だが高校の美術部で「絵がうまい人はたくさんいる」と思い知り、美大進学は断念した。日本福祉大(愛知県)に入ったが打ち込んだのは勉強ではなく映像の自主制作。「人に興味があるから入学したんですが…福祉から逃げたようなものです」

 ドキュメンタリー作家を志し、卒業後は上京して映像制作会社に。だが「人の生活に踏み込んでカメラを向けるのがつらかった」と一年で退社。二十四歳で、幼い頃の夢だった漫画家を目指した。「そういう体験がなかったら『ルーザーズ』は描けなかった。当時の自分に読ませたい作品でもあるんです。思うようにならないことがあっても、やりようによっては光が見えることもあるよ、と」

 代表作『ブラック・ジャック創作秘話』(宮崎克原作)では、神格化されがちな手塚治虫さんの負けず嫌いでわがままな顔も描き、注目された。東日本大震災で被災した三陸鉄道を取材した『さんてつ』など意欲作が続く。ノンフィクション漫画という手法には「話し下手ですが人の話を聞くのは好きなので。それを漫画に置き換えると、映像と文学の間というか、柔らかく表現できる」と語る。

 その後も『漫画アクション』は、大友克洋さんを発掘し、『クレヨンしんちゃん』や『この世界の片隅に』を世に送り出すなど、漫画界でも独特の存在感を保っている。『ルーザーズ』の続編を望む声も多く、構想中だという。

 一方、新たに取り組みたいテーマは「郊外に住んでいるような、ごく普通の家族の話ですね」。今、長女(4つ)と長男(1つ)の子育ての真っ最中。「独身が長かったので、夜泣きで親が眠れなくなるんだとか、そういう一つ一つが発見なんです」 (谷岡聖史)

加藤一彦(中央(左)、後のモンキー・パンチ)の斬新なデビュー作を読む清水文人(同(右))。その感動を「モンキー風」の絵に変わった周囲の光景で表現した(c)吉本浩二/双葉社

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