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【土曜訪問】

魂を込めて表現したい ベートーベン新シリーズに挑む 小山実稚恵さん(ピアニスト)

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 四月、東京フィルハーモニー交響楽団と共演してモーツァルトのピアノ協奏曲第二十六番「戴冠式」を都内三会場で初演奏した。神聖ローマ皇帝レオポルト二世の即位の式典に使われた、新時代の到来にふさわしい躍動感に満ちた楽曲。「このタイミングで弾かせていただけるなんて…。幸福感に満たされながら、ピアノに向き合いました」と、柔和な表情で振り返る。

 「令和」に入った直後の五月三日、還暦を迎えた。自身の大きな節目とも重なり合い、新時代を迎えた感慨は、ひときわ深い。「ベートーヴェン、そして…」と題したリサイタルシリーズを同月十二日の仙台公演を皮切りに始め、新たな一歩を力強く踏み出した。

 「昭和」の一九八二年にチャイコフスキー国際コンクールで三位、八五年のショパン国際ピアノコンクールで四位。世界の権威ある二大コンクールの両方に入賞している日本人ピアニストは他にいない。「平成」の三十年間は、本格的に演奏活動を始め、着実に根を張り、“大輪の花”を咲かせた歳月だった。特筆すべきは「ピアノで綴(つづ)るロマンの旅」と題して、二〇〇六年から十二年がかりで挑んだリサイタルシリーズ。「費やしたのは準備期間などを含め、十五年」という世界でも珍しい壮大な試みだ。

 「依頼された曲目を演奏する受動的な姿勢では、ピアニストとして成長は望めない」。こんな思いで発案したシリーズ。開始前に、春と秋で全二十四回分の公演プログラムをすべて組み、全百二十三曲の解説も書き上げて臨んだ。恐るべき情熱とバイタリティーというほかない。

 追加のアンコール公演を最後に、昨年締めくくった「音の旅」。「ほっとした気持ち、達成感はまったくなくて…。もっと作品に向き合いたい、との思いが込み上げてきました」

 シリーズ最中(さなか)に、東日本大震災が起きた。仙台で生まれ、盛岡で育っただけに、衝撃、悲しみも大きく、「人生観が変わりました」と明かす。無力感にさいなまれたが、震災から二カ月後、「音で勇気と希望を届けられれば…」と、訪問コンサートを始めた。「もう八年なんですね…。震災後、音楽の素晴らしさが一段と身に染み、感じる気持ちも強くなったような気がします。感性も変わったかもしれません」

 今、最も心引かれているのが来年生誕二百五十年を迎えるベートーベン。その音楽が持つ魅力について「受け身の感動で終わらず、自身の体の中からも力が湧き出てくる。受動から能動へと向かわせるエネルギーがすごい」と語り、「揺さぶるんです、人を動かすんですよ」と声を弾ませた。

 全国六都市を巡演中の新シリーズは、二〇二一年まで各地で毎年二回、計六回開催する予定。ピアノソナタで音楽の革新を追求する挑戦を生涯続けたベートーベン。そのエキスが凝縮されていると感じるという、晩年に書いた第二十八番から「高い密度と深い思索性を持つ最高傑作」と明かす最後の第三十二番までの五曲を軸に、「受動と能動」のコンセプトでプログラムを構成。ベートーベンが影響を受けたバッハやモーツァルト、さらにベートーベンを心から敬愛したシューベルトの作品を組み合わせる。

 来年の第四回はベートーベンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」がメーンの特別プログラム。東京公演(十一月三日=オーチャードホール)では、十三歳で作曲したピアノ協奏曲第0番を初演奏する。「とてもピアニスティックでテンポがあり、『英雄』や『皇帝』と同じエスドゥア(変ホ長調)。自らの人生の歩みを予感していたかのような作品です」と感嘆する。

 被災地の仙台を舞台に、復興支援の一環で自ら企画立案し、ゼネラルプロデューサーを務める子供育成プロジェクト「こどもの夢ひろば・ボレロ」。五回目の今夏は「チャレンジ!」をテーマに開かれる。「新たなものに取り組む一歩を踏み出すには勇気が必要。困難を乗り越える、燃えるようなエネルギーを持ってほしい」とエールを送る。

 年明け後、ベートーベンの第二十八番以降のソナタの初収録に着手する予定。年輪を重ね、「純粋に心から生まれたものを魂込めて表現したい」と決意を明かす。自身も「チャレンジ!」を実践する覚悟だ。 (安田信博)

 ※今後の公演日程は、6月8日=愛知・豊田市コンサートホール、23日=大阪・いずみホール、29日=東京・オーチャードホール。

 

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