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【土曜訪問】

九州からアジア眺め 「境界」描く意欲作続く 村田喜代子さん(作家)

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 夢と現実、生と死、今と昔。村田喜代子さん(74)がつむぐ物語は、これらが交錯する世界へ読者をいざなう。最新刊『飛族(ひぞく)』は、年老いた二人の海女が離島に暮らし、死者の生まれ変わりと信じる鳥と魂を通わせる。作品が持つ不思議な熱量は、作家活動が四十年を超えた今も衰えない。

 「ここにいると、東京の方を向いてものを書くことがあんまりない。アジアを向いてるとおもしろいんですよ。時代とスケールが違う」。福岡県中間(なかま)市の自宅。大きな窓から午後の光がふりそそぐダイニングキッチンで、村田さんは語る。生まれ育った北九州を拠点に書き続け、すぐ海の向こうの異国を意識してきたゆえだろうか。「塀も壁もなくて直(じか)に波の上、その向こうに何があるかな、という感じ」。海を挟んだ外国との距離感を独特の言い回しで表現する。

 『飛族』では中国の密航船の侵入を防ぐため無人島に日本語の看板を立てたり、スピーカーを置いて「君が代」を流したりと一生懸命な人々が描かれる。一方で渡り鳥は悠然と国境を越えてゆく。国境はちっぽけで曖昧(あいまい)なもの、とまさに鳥瞰(ちょうかん)する視点がそこにある。「境界線で何でも分断されると思ってる人が多い。でも絶対にそうじゃない。互いに入り込むし混ざり合うんです」

 だから境界って何でもおもしろい、と続ける。「例えばたそがれ時の昼と夜、異界とこの世界。境界の曖昧さが好きですね」。九州はまさに、アジアと日本が混ざり合って歴史と文化をつむいできた場所。「海外ともまた違う、端境(はざかい)で暮らすおもしろさがありますよ」。さまざまな「端境」をたくみに行き来する作風も、この土地に端を発していそうだ。

 これまでの作品で、境界を気にせず活躍する登場人物をたくさん描いてきた。それは不思議と「おばあさん」であることが多い。『飛族』では、九十二歳のイオさんが独居を案ずる娘に「悩みもねえで、安気な暮らしじゃ」と言い放ち、八十八歳の海女仲間と死者の魂を招く「鳥踊り」にふける。彼女たちのたくましさと、マイペースぶりは圧巻だ。

 「おばあさんって、すごく精神的に自由な感じがする。主役にすると何でも書けるんです」。そのイメージの源は、育ての親でもある祖母の記憶。「強い人でした。時々、怒ってお膳をぱーってひっくり返すんですよ。自分で用意したのに。じいちゃんは小さくなってる」。ムカデに「わしゃおまえのこと好きになれん。もう来んでくれ」と言っている姿を見たことも。「本当に出なくなるからすごい。魔法使いやん、と思いました。こういう怪物みたいなおばあさんが、周りにけっこういたんですよ」

 軽やかに笑いながら書斎に案内してくれた。棚には海や植物の図鑑、量子力学の入門書…。読むのが幸せでたまらないという資料の数々が並ぶ。「近ごろ友だちに言われて気付いたけど、私ってオタクなのよ。気になったらそればっかり」。本の間に、しわくちゃの笑顔がまぶしい祖母の遺影も飾ってあった。

 祖母をはじめ個性派ぞろいの親族と過ごした幼い日々をつづる『八幡炎炎記(やはたえんえんき)』、がんを患った時の放射線治療に着想した『焼野まで』など、近年は自らの体験と直結した作品も続いた。「自分のことというより北九州のこと、がんのことを書くのがおもしろかった」と振り返る。「がん治療も、ものすごくきつかったけど、おもしろくてね。毎日わくわくしてましたね」

 治療で使う放射線について調べたのを機に原子や分子、宇宙へと果てしなく興味が広がった。「根源的なものに対する興味が深いんです。それって何? それって何? って、小さい子どもと一緒」。その好奇心が、やがて執筆に結び付く。今は、原子爆弾の開発をめぐる物語を構想している。

 新作の資料を次々と机に並べながら「書いているとヒョイと次の着想が生まれてくる。切れ目がないです」と力強い言葉。これからもどんどん境界を越え、新しい世界を見せてもらえそうだ。 (川原田喜子)

 

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