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【土曜訪問】

動物との交流が原点 集大成のファンタジー小説を発表 河合雅雄さん(霊長類学者)

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 トレードマークの長いひげは、アフリカで感染症を防ぐためにカミソリを使えなかった名残だという。霊長類学者の河合雅雄さん(95)。細身で涼しげな和服姿が、いかにも浮世離れして見える。「この人はよく『仙人みたい』って言われるんです」。隣に寄り添う妻の良子さん(89)が、そう言ってほほ笑んだ。

 河合さんは霊長類研究のパイオニアとして世界的に知られる。京大霊長類研究所や日本モンキーセンター(いずれも愛知県犬山市)の所長を務めた後、二〇〇二年に古里の兵庫県丹波篠山(たんばささやま)市に帰郷。マレーシアでの体験学習などを通じて、子どもらに自然の素晴らしさを伝えてきた。

 文学者としての顔もある。草山万兎(まと)の筆名でジュニア向けの動物記などを手掛け、昨年初めてファンタジー小説『ドエクル探検隊』(福音館書店)を発表。そこに込めた思いを聞こうと、緑豊かなご自宅を訪ねた。

 同書は人気漫画家の松本大洋さんが挿絵を担当した大著。河合さんの集大成のような趣がある。「科学者としてずっと事実にこだわってきたけど、いつか動物たちが人間と同じ立場で言葉をしゃべる自由な物語を書きたかった。子どもの頃からの願いがかないました」。毎朝五時に起きて机に向かい、原稿用紙千枚を一気に書き上げたという。

 小学校を卒業した竜二とさゆりが、不思議な学者の「風おじさん」や動物らと、一万年前に絶滅したとされる巨大アルマジロ「ドエディクルス」を探して旅する筋立てだ。第一部は動物たちがそれぞれの個性を生かして悪者に立ち向かう痛快な冒険譚(たん)だが、第二部でがらりと雰囲気が変わる。描かれるのは、南米大陸の巨大哺乳類絶滅の謎をめぐる厳しくて残酷な生存競争の物語。<生きぬくとは、こんなにつらいものなのか。また、こんなにまでして生きなければならないのか>。終盤の竜二の心の声が、ズンと胸にのしかかる。

 壮大な物語の土台は自身の体験だ。河合さんはアフリカを中心に二十回ほど海外調査に赴いた。毎回死を覚悟しての渡航で、自分の墓を用意して出かけたという。「病気になったり革命が起きたりいろいろあったけれど、この年まで生きられたんやから、本当に運がいいんやなぁ」。忘れられないのが、エチオピアでゲラダヒヒの集団と暮らしたこと。一年半後、かつて自分になついたメスの個体と現地で再会した。思わず右手を差し出すと、“彼女”もすっと手を差し出し、握手が交わされた。種の垣根を越えて気持ちが通じ合った瞬間−その感動が、本作の原動力になった。

 「もともとは人間を知りたかった」という。太平洋戦争で残虐な行いをした知人が、終戦後に善良な田舎のおじさんになった。こうも豹変(ひょうへん)する人間とは何か。それを解明しようと、霊長類研究に身を投じた。以後、サルの文化や社会性を解明する新たな学術分野を切り開き、多くの後進を育てた。「やるだけやったという満足感がある。でも、人間については何も分かっとらん気がしますね」

 小学生のころは病気がちで、半分も学校に通えなかった。そんな自分を成長させてくれたのが、自然との触れ合いと読書だった。「勉強ばかりさせる時代だけど、小学生は遊ぶことが一番大事なんよ」。そう言い切れるのは、困難にぶち当たっても楽しい思い出があれば乗り越えられることを知っているからだ。

 執筆活動が一段落し、今はつえをついて近所を散歩するくらいの毎日だ。「百歳まで生きるぞというこだわりもないし、今後の目標もありません。毎日平穏なら、それでええと思うんです」と達観する。足腰が弱ってつえが手放せないが、心はまだまだ壮健で「自分で歩いて棺おけに入るつもり」と笑う。

 大仕事の裏には、いつも良子さんがいた。ひっきりなしに訪ねてくる学生たちをもてなし、アフリカに何度も同行した糟糠(そうこう)の妻。時には病気のゴリラの世話もした。今回の取材も、耳が遠い夫の言葉を以心伝心で補ってくれた。「主人は今も誕生日になるとバラの花束をくれるんですよ」。うれしそうに明かした。 (岡村淳司)

 

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