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【土曜訪問】

働く女性「美」の苦痛 #KuToo運動を提唱 石川優実さん(俳優)

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 「ヒールが辛(つら)いのは本当か? 男が実際に履いて検証!」。こんなタイトルの動画が、ネットで約二十五万回再生されている。投稿したのは二人組の男子大学生。それほど高くないヒールのパンプスを履いて外出した一部始終を録画した。

 「歩く時だけじゃなく、立っているだけで辛い」「つま先も足の付け根も痛い」「ケガしながら歩いてるみたい」。そんな大学生の素直なつぶやきが、共感を呼んだ。彼が「もう限界」と悲鳴を上げて脱いだのは四時間後。足には大きな水膨れができていた。

 この動画が注目されるきっかけをつくったのが、俳優の石川優実さん(32)だ。仕事でヒール靴を強制されたくないと訴える「#KuToo(クートゥー)」運動の口火を切った。これは「靴」「苦痛」と、性暴力被害を訴える「#MeToo(ミートゥー)」をひっかけた造語。今年六月、一万九千人近いネット署名を集め、厚生労働省に提出した。

 「自分から動いたって感じは全然ないです。大勢が悩んでいたから、自然と運動になったんだと思う」

 きっかけは葬儀会社のアルバイトでの経験。今年一月、仕事中に男性社員が脱いだ靴をそろえた時だった。「軽かった。これ履いて仕事したい!と思った」。女性スタッフは五〜七センチのパンプス着用が義務だったため、足指からよく出血していた。「斜面を落ちそうになるのをつま先で常にこらえている感じ。しかもストッキングばきなのでよけいに滑る。きちんと正装に見える平底の靴を履けたら、仕事に集中できるのに」

 <私はいつか女性が仕事でヒールやパンプスを履かなきゃいけない風習をなくしたいと思ってるの>。ツイッターにそう投稿すると、瞬く間に反応があり、情報共有のためのリツイートは三万を超え、女性を中心に共感が広がった。

 だが、署名提出後は一転、嫌がらせの書き込みが増えた。ネットでは葬儀関係者という男性が「勤務先を突き止めよう」と呼び掛けた。「怖かった。三キロやせて、話している最中に頭が真っ白になったり、就寝中にけいれんを起こしたり…」。会社に迷惑をかけられないと、バイトを辞めた。「バッシングは慣れていたけど、仕事ができなくなったのが本当に悔しかった」

 ホテルや百貨店、冠婚葬祭や航空業界など、接客業でパンプスやヒール靴の着用を指定する企業は多い。災害時の避難誘導などで不安定なヒールは支障となるが、女性だけが機能性よりも「見た目の美しさ」を求められる。そのせいで健康を害して仕事を辞めたり、就職の段階で夢をあきらめたりする女性がいる。

 「単純に労働や健康の問題じゃない。これは、ジェンダーの問題、女性差別の話なんだと気付いた」

 愛知県生まれで十八歳から芸能界に。「表現として脱ぐことは好き」と言い、グラビアや映画で肌を出すこともあった。そのため、中傷の背景には、性的に自由に振る舞う女性を蔑視して非難する「スラット・シェイミング」があるのでは、と知人に指摘された。

 石川さんは二〇一七年、ミートゥー運動に共感し、グラビア業界の実態を告発した。「当時、私が悪かったと自分を責めながら発信したのであまり攻撃されなかった」。なぜ今回は苛烈な攻撃にさらされたのか。「脱ぐ女を下に見たがる人が世の中に多いからだと思います。ネットでは『下の人間』のくせに権利を主張するなと書かれた。権利は誰でも持っているのに…」

 「#KuToo」で従来、共有されなかった大勢の苦しみが、ようやく表に出た。「偶然が重なった結果です。ミートゥー運動があり、たまたま同僚の男性の靴と比較する機会があり、ネットを通じて誰もが発信できる時代になっていた」

 この問題で、根本匠厚労相の国会答弁は「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲かどうか」とあいまいだったが、社会は動きだしている。ネットには「大変さを知らなかった」という男性の書き込みがあふれ、一部の企業が義務付けの廃止に動き始めた。

 「社会通念は時代とともに変わる。ヒールを履く自由も、履かない自由もある。みんなが幸せになれるように、変えていきたい」 (出田阿生)

 

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