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【土曜訪問】

性に悩んだ経験重ね デビュー小説『車軸』が好評 小佐野彈(だん)さん(歌人)

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 ゲイであることをカミングアウトし、同性愛をテーマにした短歌が高く評価されている歌人の小佐野彈(だん)さん(36)が書いたデビュー小説『車軸』(集英社)が好評だ。自身のセクシュアリティー(性のあり方)に悩み続けてきた実体験を反映した内容が、多くの読者の共感を呼んでいる。

 実は、小説を初めて書いたのは短歌との出会いと同じ頃。中学校の授業で、一人の美少年が破滅に向かう物語を書いた。すると、国語の教師は「すばらしい作品だ」とベタ褒めし、教室で読み上げてくれた。しかし、同級生からは笑い声が漏れた。美少年の描き方に同性愛的な意味性を耳ざとく読み取ったのだった。

 「ゲイというセクシュアリティーは嘲笑の対象になるんだって、初めて知った。学校での生活がつらくなる決定打だった」

 同じ時期、不倫をする女性の気持ちを詠んだ、歌人の俵万智さんの『チョコレート革命』と出会い、「あとがき」の言葉に衝撃を受けた。短歌の内容が「ほんとうにあったことなんですか?」とよく聞かれる−と前置きして、俵さんはこうつづる。<「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく。短歌は、事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい>

 「小説は自分自身を生々しくさらけださなくてはいけないけれど、短歌だったら『うそ』が許されるんだって思った。そうやって、こころの真実を表現するものなんだって」。ひそかに、短歌をノートに書きとめるようになった。

 大学院に進学後、台湾で抹茶のカフェチェーンを起業。三十歳を過ぎ、短歌グループに入会したのを契機に、本格的に短歌の発表をはじめた。

 三十一文字に刻まれた「こころの真実」は早速、反響を呼んだ。二〇一七年、同性愛をテーマにした連作「無垢(むく)な日本で」三十首が短歌研究新人賞に輝いた。

<セックスに似てゐるけれどセックスぢやないさ僕らのこんな行為は>

<ママレモン香る朝焼け性別は柑橘類(かんきつるい)としておく いまは>

 「短歌でセクシュアリティーを表現して、傷ついた過去からは解き放たれていった」。出版社から小説の執筆を打診されたときも、前向きになれた。「そろそろ、小説を書いても傷つかないんじゃないかって」

 『車軸』は、ともに裕福な家庭に育った大学生の真奈美と、ゲイの潤との物語。真奈美は農家から成り上がった実家を「偽物」だと思い、潤も自分より由緒のある家系の同級生にコンプレックスを抱いている。生きづらさを抱えた二人は、東京・新宿の歌舞伎町のホストにお金をつぎ込み、性に自由を求める−。

 小佐野さんは「ホテル王」として知られた国際興業創業者の小佐野賢治を大叔父に持つ。舞台の一つ、富士屋ホテル(神奈川県箱根町)は同社の経営で、「幼い頃によく遊んだ愛着がある場所」。きらびやかなホストクラブのようすも、プライベートで通った経験などが生きている。

 潤の生い立ちやセクシュアリティーも、小佐野さんをほうふつとさせる。自由を求めて一気に堕落していく真奈美と対照的に、潤は最後まで生きづらさを克服できない。

 「真奈美みたいな堕(お)ちていく自由が僕にもあるはずなのに、臆病さが邪魔をして踏み出せない。そこはまさに、潤と僕が重なる部分です」

 小説を書き終え、今は「ほんとうは短歌も小説も、そんなに違わないんじゃないか」と思う。「短歌って『もののあはれ』と言われるような、あきらめや嘆きと相性がいい」。『車軸』でも、そんな「もののあはれ」を表現した。「短歌で培った自分の文芸観に基づいて、一首の長大な歌を詠むつもりで書けました」

 今年、第一歌集『メタリック』(短歌研究社)も新人の歌集に贈られる現代歌人協会賞を受賞した。授賞式のスピーチでは、小説やエッセーの仕事が増えていることを踏まえて「自分はこれから、どこに行くのかが問われていると思う」と切り出した。「歌に捨てられない限り、僕が歌を辞めることはない。歌を中心にジャンルにとらわれず、いろいろなことに挑戦したい」 (小佐野慧太)

 

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