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【土曜訪問】

強い自分 探す生き方 ハードボイルドを書き続け40年 大沢在昌さん(作家)

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 「新宿鮫(ざめ)」や「狩人」など人気シリーズを生み出してきた作家大沢在昌さん(63)が、デビュー四十周年を迎えた。一貫してハードボイルドを書き続けるのはなぜか。記念作として出した長編『帰去来』(朝日新聞出版)を携え、東京都内の事務所を訪ねた。

 「年三回の連載で枚数も少ないから、本になるまで十年かかったんだよ」。取材初め、執筆期間の長さに触れると、やや早口で返ってきた。よく通る声はエネルギーに満ちている。

 今作はSF的な設定が目を引く「パラレルワールド警察小説」。警視庁捜査一課に配属された志麻由子(ゆうこ)は連続殺人犯の捜査中に襲われ、気を失う。目覚めると、そこは「東京市」。見た目や名前の似た人間が暮らすが、戦禍で経済発展は遅れ、犯罪者が跋扈(ばっこ)する、もう一つの世界だった。

 意識が入れ替わった異世界の由子はエリート警視。闇市を仕切る犯罪組織と渡り合うなど活躍する。「もう一人の自分」を懸命に演じながら、襲った犯人は誰なのか、なぜパラレルワールドへ飛んだのか−といった謎を解き明かしていく。

 男の美学や孤独を描くのがハードボイルドの定番、と先入観を持っていた身には意外な展開だった。だが、それは誤りと指摘する。「主人公の性別も年齢も関係ない。曲げられないものを持った人間がどう世の中と折り合いを付け、自分の居場所を見つける努力をしていくか。ハードボイルドは、その生き方ってこと」

 「自分は弱虫だ」と思っていた由子だが、並行世界の「強い自分」になりきることで前へと進んでいく。「最初から強い人を書くことに興味はないのね。頑張らざるを得ない状況に置いて、強くなる理由を書くのが楽しいんだ」。奇想天外に思えるパラレルワールドも、生き様を描く上では欠かせない設定だった。

 名古屋市生まれ。中日新聞記者だった父は世界の名著を買い与えてくれ、家には本が山ほどあった。「推理小説や時代小説も読むようになって、読書に目覚めたよ」

 中学二年で、人生を決める小説と出合う。米国のハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーの短編『待っている』。ホテルの警備を担う探偵と、そこに泊まる女、女との約束を果たすため出所してきた男。「殺し合いも撃ち合いもない、男と女と友情の話。読んでぞわんときた。取りつかれちゃったんだな」

 以降、「小説家ではなく、ハードボイルド小説家になる」と心を固めた。「主人公になりきり、語り手になればハードボイルドの世界に浸れるから」。その後まもなく、初めての小説として、暴力団と対決する新聞記者を主人公に百二十枚を仕上げた。

 一九七九年に『感傷の街角』で念願のデビュー。だが十年以上売れず、「永久初版作家」と呼ばれた。「自分だけ鳴かず飛ばずは苦しかった。でもハードボイルド以外を書こうとは思わなかったね」と振り返る。

 半ば開き直って書いたのが九〇年の『新宿鮫』だ。主人公の鮫島は新宿署の刑事。組織に反抗してキャリア組から落ちこぼれるが信念を曲げず、犯罪に立ち向かっていく。シリーズ四作目の『無間人形 新宿鮫IV』が九四年に直木賞に選ばれ、人気は不動となった。

 雑誌に連載中の最新作は年内にも刊行される。同席した編集者が「百冊目では?」と尋ねたが、本人は興味なさそうだ。「四十周年も冊数も経過でしかない。過去より優れたものを書かなければ『小説家でござい』って顔はできないよ。書き続けることでしか存在を証明できない」。言葉通り、二〇〇四年に『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞、一四年に『海と月の迷路』で吉川英治文学賞と第一線を走り続けている。

 デビュー前、文学青年から「なぜ文学を目指すのか」と問われ、「銀座にベンツに軽井沢」と答えてひんしゅくを買った。今も自身を「芸術家や文学者ではなく職業作家」と称する。執筆は一日二時間。「早い、安い、うまいじゃないけど、そんなふうに面白い作品を提供していきたいね」。取材が終わるとこの日も、軽い足取りで銀座へと繰り出した。

 (世古紘子)

 

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