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【土曜訪問】

人間の「祈り」撮りたい インドネシアの伝統捕鯨、映画に 石川梵(ぼん)さん(写真家・映画監督)

写真

 写真家の石川梵(ぼん)さん(59)は約三十年前から、インドネシアの伝統捕鯨の村の取材を続けている。これまで写真集でも、活字のノンフィクションでも発表してきた。そんな題材に今また向き合い、ドキュメンタリー映画「くじらびと」の制作に取り組んでいる。捕鯨の何にそこまで魅了されているのか。東京都町田市の自宅を訪ねた。

 石川さんが通っているのはインドネシアのほぼ東端、レンバタ島にある小さな漁村ラマレラ。先住民による生活の糧としての捕鯨は北米やシベリアにもあるが、この村では、捕鯨砲や銃などの近代的な漁具を一切使わない。「彼らの営みは、人間が何百万年も生き物を捕ってきた歴史を象徴しているかのようです」

 三年がかりの撮影は今年六月にようやく終了。編集中の映像を見せてもらうと−。青い海に浮かび上がったマッコウクジラ。静かに近づいた手こぎ舟から、漁師が意を決して飛び掛かり、もりを突き立てる。体長一五メートルを超えるほどの巨鯨と人力だけで対決する現実の迫力に圧倒される。

 むろん危険も伴う。今回の撮影中、一人のもり打ちの若者が命を落とした。映画では、村が悲しみに暮れる中、若者の兄が、再びクジラに立ち向かっていく過程に焦点を当てる。

 長年、大自然と生きる人々と、彼らの「祈り」をテーマとしてきた。「都会ではなかなか撮れない、人間の気持ちを撮りたい」という思いが原点にあるからだ。「ただクジラを撮るのではなく、背後にある物語まで撮りたい。捕鯨を通し、『和』を大切にする村の姿を伝えられれば…」

 写真家になる前は、将棋指しを目指していた。十六歳で大分県別府市から単身上京。十七歳でプロ棋士育成機関の奨励会に入り、将棋漬けの日々だったが、気晴らしのつもりで見た映画「2001年宇宙の旅」に衝撃を受けた。

 「狭い将棋盤だけに集中していた自分も、もっと広い世界を見たい」と考えた時、「そのための扉になるのでは」と浮かんだのがカメラだった。

 奨励会を去る際、師匠の関根茂八段(当時)一門からいただいた餞別(せんべつ)で一眼レフカメラを買い、夜間の写真学校に通った。

 何を撮るべきか模索していた二十三歳の時、ソ連軍が侵攻していたアフガニスタンの反政府勢力に従軍取材した。「地雷原で、若者が私の地雷除(よ)けとして前を歩いてくれる。そんなことができるのはやはり信仰の力なのだろう」と祈りへの興味が芽生えた。帰国後は伊勢神宮(三重県)を撮影。AFP通信を経てフリーとなり、大自然の中の人々と祈りを求めて世界の辺境を旅していた一九九一年、ラマレラを初めて訪れた。

 数々の写真集が賞に輝き、カメラマンとして既に高い評価を得ているが、「元々『映画を撮る』と言って将棋をやめた」と、近年は映画作品も手掛ける。映画監督デビューは、ネパール大地震で壊滅的な被害を受けた村人の姿を追った「世界でいちばん美しい村」(二〇一七年公開)だ。

 ラマレラをあらためて映像作品にする理由の一つは、近代化が進み、捕鯨を中心にした村独自の文化が失われる危機感だ。「当初はラマレラの捕鯨を世界に伝えたいと考えていましたが、現地の次の世代に映像で伝えるのも私の役目」

 スポンサーに頼らず、クラウドファンディングで制作資金を調達している。いつクジラが捕れるか分からない捕鯨の過程を、期限を区切らずに撮影するためだ。「物欲主義の時代だが、生きること、食べることの原点や、命をいただくことの意味を知ってほしい」 (谷岡聖史)

      ◇

 映画「くじらびと」制作費のクラウドファンディングは三十日まで、ウェブサイト「MOTION GALLERY」で。来春公開を目指している。

マッコウクジラに一番もりを打ち込む瞬間。取材4年目で初めて撮影に成功した=1994年5月、インドネシアで(C)石川梵

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