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【土曜訪問】

創作の泉 のぞき込む 旅する絵描きの歩みを最新刊に投影 いせひでこさん(画家・絵本作家)

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 <私の絵本はいつも、最後が見えないまま出発する旅そっくりだ>

 いせひでこさん(70)の最新刊絵本『旅する絵描(か)き タブローの向こうへ』(文芸春秋)の表紙カバーのそでに、こんな言葉があった。今春まで『週刊文春』に連載された原田マハさんの小説「美しき愚かものたちのタブロー」に描いた挿絵をまとめるはずが、これまでの絵描き人生を包括する一冊に仕上がっていた。その思いを聞くために、東京都内のアトリエを訪ねた。

 いせさんはこの日も青で身を包んでいた。自らが生んだ絵本の主人公たちのように。

 「仕事が終わってから気づいたんです。今回の要素は『絵描き』って絵本に既に描いていたって」。二〇〇四年刊行の同作は、絵描きを志す青年の独白で、何に心を動かされ、どんなふうに描きたいかが詩のように紡がれている。まるで合わせ鏡のようにカバーのそでにこうあった。

 <旅(じんせい)の目的はやがてわかる。“粗い写生(クロッキー)が下絵(エスキス)になり、やがて完成した絵(タブロー)になるように”(V・ゴッホ)>

 最新刊はさらに、一枚のタブローを生み出す泉の底をのぞき込むようだ。

 挿絵の依頼は、連載の始まる昨年六月の間際にあった。引き受けたのは、画家ゴッホと弟テオが登場する原田さんの小説『たゆたえども沈まず』を読んでいたからだ。いせさんも絵本『にいさん』で二人を描き、ゴッホを生涯の研究対象にしている。「これ、私が書いたんじゃないかと共感するところがあった」

 「美しき愚かもの…」は戦前、実業家の松方幸次郎が買い集めた美術コレクションが、戦後、国立西洋美術館に収まるまでの数奇な道のりに基づくフィクション。パリが主な舞台になっている。いせさんも東京芸術大卒業後の二十三歳のとき、アルバイトでためた四十万円で一年余り、知人のいないパリで学んだ。

 挿絵は、物語の場面をそっくり描くのではなく、二十代のいせさんがパリでモネやゴッホらの本物の作品に出合い「ひっくり返りそうになった」という気持ちに帰って想像を広げた。戦時中に松方のコレクションを疎開させたパリ郊外の村アボンダンには昨年八月、取材に飛んだ。ゴッホの終焉(しゅうえん)の地オーヴェールに似ていた。

 絵本を構想中に紙挟みでとじられた留学時代のスケッチが出てくる偶然もあった。「決してうまくはないが、今は失われてしまった魂で描いている」と感じ、そのうち十八枚を収録した。添えられた文章には痛いほどの孤独と失意がにじむ。底冷えのするノートルダム寺院にひざまずいて泣く母親とそれを慰める幼い子のスケッチは、ピカソの「青の時代」の匂いがする。そのときの記憶を今年四月、ノートルダムが炎に包まれた日に弔うようにつづった。

 「ものを創る人間は今だけで創るんじゃない。さかのぼってさかのぼって、原点に返ることによって今の課題に立ち向かえる」

 「旅する絵描き」である自身を「現場主義」だと言う。講談社出版文化賞絵本賞を受賞し、フランス語の翻訳版は「衝撃の一冊」と称賛された『ルリユールおじさん』は二〇〇四年、パリの路地裏の窓越しに見た本の修復職人の姿が頭から離れず、通算五回、日本から取材に通った。

 東日本大震災で津波に襲われた宮城県亘理町(わたりちょう)の吉田浜に横たわる一本のクロマツは、三年間通ってスケッチした。まだ絵本にはなっていないが、ドキュメンタリー映画「いのちのかたち−画家・絵本作家 いせひでこ−」(伊勢真一演出)となり上映された。見て見ぬふりができないのだ。原発事故の被災地、福島県飯舘(いいたて)村の小学校にも通い続け、ノンフィクション作家の夫・柳田邦男さん(83)と日航ジャンボ機墜落事故現場へ慰霊登山を続けて五年になる。

 絵本の完成寸前で、酷使してきた右目の奥に加齢による孔(あな)が開き、入院先で色校正をした。難手術は成功し、失明の危機を乗り越えた。「この一冊ができたことは、なにか奇跡のような気がします」 (矢島智子)

『旅する絵描きタブローの向こうへ』から、20代のいせさんが描いたノートルダムの母子のスケッチ

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