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【土曜訪問】

「逃げる戦士」描きたい 北欧バイキング題材に暴力の連鎖問う 幸村誠さん(漫画家)

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 バイキングが大暴れした千年前の北欧の海を舞台に、米大陸を目指す若者の成長を描く漫画「ヴィンランド・サガ」。連載十五年目の今年、物語はいよいよ佳境に入り、アニメの放送も始まった。日本人になじみの薄い歴史が題材だが、作品の根底には「暴力の連鎖」という極めて現代的なテーマがある、と作者の幸村誠さん(43)は語る。

 主人公はアイスランドの小村に生まれた青年トルフィン。謀殺された父の敵討ちを誓い、幼くしてバイキングの一団に加わる。強敵との決闘、知略を巡らせた権力争いなど、歴史漫画の王道といえる展開が最高潮となった連載五年目、物語は急転する。奴隷の身分に落ち、武器を捨てて「本当の戦士とは何か」と内省を深めるトルフィンの姿は、多くの読者を驚かせた。

 この奴隷編は、執筆当初から不可欠の要素として構想していたという。「戦争で逃げ回る側の気持ちに寄り添い、優しくできる。そんな主人公の人格を形成する上で、一度は堪え難い暴力を通過させることが必要でした」。トルフィンは、戦争や奴隷とは無縁の理想郷を築くため、未知のヴィンランド(北米)に向かうことを決意する。

 主人公のモデルは、トルフィン・トルザルソンという実在の人物だ。幸村さんは多摩美術大(油画専攻)を中退後、連載第一作となる宇宙ごみ回収人の群像劇「プラネテス」で一九九九年デビュー。同作は星雲賞にも輝いた。ただ、その当時から、コロンブスの「発見」より四百年以上も早く米大陸に到達した北欧の民に関心があったという。

 「でも、調べてみて不思議に思ったんです。元々ノルウェーから来たアイスランド人が、さらにグリーンランド、ヴィンランドと、どんどん遠くに行く。なぜ、リスクを冒しても前人未到の地を目指したのか」

 自分なりの仮説は、現代に渦巻く暴力の中から見つかった。二〇〇一年九月の米中枢同時テロ。それ以降、報復のための戦争、さらにその報復…。

 「繰り返しの果てに、いつかとんでもない戦争が起きるのではないか。東西冷戦下、子どもながらに感じていた不穏さでもあります。核武装を肯(がえ)んじないのであれば、核ミサイルの届かない場所に去るしかない。逃げたい、と僕はよく考えていました」。そんな思いが史実と重なった。「トルフィンが遠くへ去った理由も、暴力から逃れたかったからではないか。やられる前に逃げれば、暴力の応酬には発展しない。そんな主人公ならば描ける、と」

 連載二作目の今作は〇五年開始。〇九年の文化庁メディア芸術祭大賞、一二年の講談社漫画賞も受賞した。バイキングは他民族の虐殺や略奪をためらわない。暴力全盛の時代に平和を追求するトルフィンの生き方は、われわれの困難にも似て、深い印象を与える。

 今年の夏で全四部構想のうち三部までを描ききり、ついにヴィンランドへの航海が始まろうとしている。「ここからが、描くのが大変ですが、本当に面白くなるはずです」。完結後の次なるテーマも見つけているという。「差別と平等です。正確に言えば、それらについて侃々諤々(かんかんがくがく)する人間とは何か。大事なことを描きつつ、笑える話にしたい」

 問いを深めて作品に向き合っているからだろう。二時間の取材の間、豊かな語彙(ごい)で、明るく、よどみなく語り続けた。 (谷岡聖史)

 *「ヴィンランド・サガ」は月刊誌『アフタヌーン』(講談社)で連載中。第3部の完結編を収めた23巻は22日発売。アニメはNHK総合、日曜深夜0時10分(関西地方のみ同45分)。

戦争に巻き込まれても武器を捨て、殺し合いを拒否するトルフィン=22巻から

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