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【土曜訪問】

「めり込むように」訳す 話題作連発、エッセー集も刊行 岸本佐知子さん(翻訳家)

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 当代随一の人気翻訳家、岸本佐知子さんというと、どんな印象をお持ちだろうか。海外の気鋭作家を次々と紹介する目利き。訳者の名前で本が売れる名アンソロジスト…。どれも間違いではない。ないのだが、彼女のエッセーの読者は知っている。実は出無精で、慢性の運動不足で、いつも妙なことを考えている、とびきりおかしな人だということを。最新刊『ひみつのしつもん』(筑摩書房)も「キシモトワールド」全開、抱腹絶倒のエッセー集だ。

 例えばこんな話題。物干しざおの中に隠れていた<ものすごくどろりとして濃度の高い、赤茶色の液体>について。マーラーが仕事場にした<みじめ小屋>について。脇臭に似たクミンのにおい。「ヌ」で始まる言葉に<ただならぬ妖気が漂っている>件(ヌテラ、ヌスラ戦線、鵺(ぬえ)…)。

 分かる分かる、とにんまりしたり、そんなバカな、と絶句したり。やがて考察は妄想に転じ、異世界に通じる扉が開く。読後には味わい深い掌篇(しょうへん)小説のような余韻が残る。「ためになることは書かない」がモットー。「翻訳家のエッセーだから教養が増えるだろうと読まれると、がっかりされそう」と笑う。行きつけという東京都内の和菓子カフェで話を聞いた。

 「普通の人なら十秒で考えるのをやめるような、どうでもいいことをずっと考える」という独自のスタイルは、米作家ニコルソン・ベイカーの翻訳を通じて開眼した。製氷皿やエスカレーター、ミシン目の切り取り線といった、とてつもなくミクロなことを詳細に、真剣に語る作風に驚き「こんなこと書いていいんだって、訳しながらリミッターが外れました」。

 それにしてもこんなに面白い発想ばかり、どうやったら思いつくのか。「自分で考えるというより、空気中に漂う想念みたいなものを受信している感覚。昔は翻訳とエッセーは真逆だと感じていたけど、最近は似ているなと思うようになった」と説明する。「翻訳もラジオみたいだなと思っているんです。アンテナから作者の声を受信し、スピーカーから出す作業。読者が翻訳ということを忘れて楽しんでくれることが一番の喜び」。だから訳文を褒められると複雑な気持ちになる。「翻訳を意識させてしまったかなと思って」

 その訳業の方も絶好調だ。二〇〇四年に死去した米作家ルシア・ベルリンの初邦訳となる短篇集『掃除婦のための手引き書』(講談社)は七月の刊行直後から絶賛が相次ぎ、六刷りを重ねるヒットとなった。

 ベルリンは北南米を転々とする少女時代を送り、三度の離婚を経験。アルコール依存症を抱えながら、ブルーカラーの職に就いて四人の子どもを育てた。実人生を題材とした七十六作の短篇を書いたが、生前の評価は一部にとどまった。

 十四年前、「一行読んで絶対に自分が訳すと分かった」というほどほれ込んだ。「老後の楽しみに取っておこう」としたら、一五年に米国で作品集が刊行されて再評価が進み、予定を早めて翻訳したという経緯がある。「彼女の経歴だけ説明すると、しんどい人生を書いたんだね、と思われがちだけど、違うんです。その体験と彼女自身の間に隙間のような余裕がある。それは彼女の魂の強さで、言葉の間からもにじみ出ている」

 訳者も驚くほどの支持を得た理由については、こう分析してみせた。「今の社会って偽物の言葉が多いじゃないですか。フェイクニュースが広まったり、ネットの言葉が空回りしたり。みんな本物の言葉が読みたいのかなという気がする」

 八年前から訳しているオーストラリアの絵本作家ショーン・タンも今年、新刊『セミ』(河出書房新社)が刊行。東京と京都では作家展が開かれ、話題を呼んだ。無数の洋書の海から、底本を選ぶ基準は何か。長年の読者として、最後に聞いてみたかった。

 「その作品に『めり込みたい』という気持ち」と、独特の返事が返ってきた。「好きなんだけど、理由がよく分からない。もっと一体化したい、自分の体の中を通したい、そんな感情なんです」。そうか、めり込むような読書−。ため息の出るようなすてきな表現だけど、でも、どこかおかしい。やっぱり岸本さんは面白い。 (樋口薫)

 

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