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【土曜訪問】

「一番いいもの」注ぐ 同人誌を主戦場に 尽きない意欲 北川透さん(詩人)

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 中原中也論や戦後詩論など幅広い詩論を手掛けてきた詩人の北川透さん(84)。多数の著書を刊行しながらも、ずっと同人誌を主戦場にしてきた。「最後になる」と覚悟して始めた個人誌を昨年末に終刊したが、今夏に再び新たな同人誌に参加。尽きない意欲と同人誌との関わりを聞きに、山口県下関市へ向かった。

 関門海峡を見渡せる仕事場。梅光女学院大(現・梅光学院大)教授として赴任するため、愛知県豊橋市から移住して二十八年になる。お茶を飲みながら、ひっきりなしに行き来する貨物船を指さして「あの船は喫水線より下の、舟底の赤い塗装がほとんど見えないでしょう。満載ですね」などと教えてくれた。

 これまで十タイトルほどの同人誌に関わった北川さん。その経歴の中でもひときわ目立つ存在が、一九六二〜九〇年に八十四号まで発行した「あんかるわ」だ。高校教諭の傍ら文筆活動を本格的に始めたころ作った詩誌で、十五号から北川さんが責任編集を務めた。盟友だった詩人で、東京都立大助教授(当時)の故菅谷規矩雄(きくお)さんや、清水良典さんら当時の若手文芸評論家が寄稿。多くの文筆家を輩出した。豊橋という地方で刊行する雑誌ながら、先鋭的な内容で全国区に。最盛期は千六百人が購読し、東京の書店でも売れた。

 同人誌について、ポリシーがある。「そのとき最も大事だと考え、一番やりたいテーマで書くこと」と、「内容だけでなく収支も自立すべきだ」という二点だ。商業誌は部数は多いが、執筆を依頼されなければ何も始まらない。他の多くの作品に埋もれ、必ず自作が読者の目に届くとは限らない。一方、同人誌は自由に書けるが、購読を前提とせず、作品を寄稿する同人が費用を負担することで成り立っているものも多い。

 北川さんは地方の詩誌で注目され、全国区の詩人になった。詩分野の必読とされる好著を多く刊行し、詩集に贈られる賞の最高峰とされる高見順賞なども受けている。けれど、本当に読みたい人が買い求める同人誌づくりを大事にし、書き手が中央文壇に“引き上げてもらう”ための見本帳のように扱われるのを拒絶する。「商業誌と同じようにお金を出して買うというのは、同人誌にはそうない感覚。特に個人誌は、買ってまで読んでくれる人は確実に『北川が書くもの』を求めてくれているということだから。そこに一番いいものをもっていく」

 下関に移住して詩の同人誌「九」(一九九六〜二〇〇〇年)を刊行していたころ、戦後詩論の著書を巡り、著者の一人の詩人野村喜和夫さんと論争を繰り広げたことがあった。「九」で論陣を張る北川さんに出版社が、自社の雑誌への“掲載誌移籍”を打診してきたが、断った。じきに「九」の購読数が伸びた。

 二〇一三年には、一人で執筆、制作する「KYO」を創刊。長らく取り組んでいる、詩人で評論家の故吉本隆明さんの評論を練り直す場とした。並行して一四年から、論集『現代詩論集成』の刊行を始めた。全八巻のうち、現在三巻まで刊行。戦後から一九六〇年代までをまとめている。「KYO」で書いた吉本隆明論も収められる予定だ。

 「KYO」は、八十代を迎えても書くべきことが尽きない中、発行作業の負担が執筆を圧迫していると感じ、終刊を選んだ。そんな北川さんに、すかさず大学の教え子らが声をかけ、今年七月、同人誌「鯨々(げいげい)」を創刊した。「同人誌は、同じ志をもつ人が対話をする中で作り上げるもの」。その考えは、一九六〇年代の学生運動に関わった延長線上で創刊した「あんかるわ」のころから変わらない。

 「鯨々」には、親交のある谷川俊太郎さんの詩論を連載している。論集の最終刊をかざる予定の、広く読まれそうな論考も、フィールドはやっぱり同人誌。「広く評価されて賞をもらうのも本を出すのもいいことだけど、こびる必要はない。そこを超えていこうとするローカルなものを面白がる読者が増えたら、少なくとも文学がもっと面白くなるんじゃないか」。最高の舞台と目する同人誌に、まだまだ力を注ぎ込む。 (松崎晃子)

 

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