東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 文化 > 土曜訪問一覧 > 記事

ここから本文

【土曜訪問】

不況発端、ネットも要因 なぜリクルートスーツ黒一色? 田中里尚(のりなお)さん(文化学園大准教授)

写真

 男女ともリクルートスーツは黒一色。就職活動の会社説明会の映像を見ると、その統一感は整然というより異様だ。明らかに昔よりも多様性が失われていて、心配になる。そもそも黒は冠婚葬祭の色ではなかったか。今は売り手市場なのに、日本の将来を担う若者がこんなに没個性でいいのか。日本社会の同調圧力とは、かくも強いのか−。

 「同調圧力があるのは事実ですが、一つの要因だけが今のリクルートスーツを生んだのではありません。多様な要素が錯綜(さくそう)した結果なのです」。そう話すのは、近著『リクルートスーツの社会史』(青土社)で、その成り立ちの経緯を、明治期の洋装の黎明(れいめい)期まで遡(さかのぼ)り、戦後の各年代の変遷の理由を事細かに解き明かした田中里尚・文化学園大准教授(45)だ。

 戦後、男子学生の就活時の服装は学生服から「社会人の第一歩」としてのスーツに取って代わった。色の主流はやがて紺色へ。それが近年、黒色に変化した直接の発端は、九〇年代の紳士服不況という。「リクルートスーツの価格が下がり、作り手も差異を打ち出せない。そこで九〇年代後半に、痩身(そうしん)効果のある濃いグレー、さらにモード色の強い黒を選択肢として提示するようになった」

 ここにメディア状況が影響する。インターネット環境が整い、若い人たちが就活スタイルについて書籍よりもネットを参照した結果、「『黒色はビジネスでは着ない』といった常識以前の知識が伝わらず、『黒もアリ』『知的に見える』という空気が醸成されていった」。紳士服業界もこの空気を捉えて黒色を推し、現在の状態に至ったという。

 一方、女子学生の就活スタイルは、一九八五年の男女雇用機会均等法成立後も、企業から求められる「職場の花」的な役割を意識して、ブラウスにリボンタイといった「女らしさ」をのぞかせる服装が目立った。しかしその後、社会進出が進んで男性と同様の仕事を任されるようになると「女を誇示しすぎてもダメだし、まるきり男みたいな感じもまずい。その中間を探っていった」。それで「仕事ができる」シャープな印象を演出できる今のスタイルに。「ただ、女性は入社後、男性よりスーツを着るシーンが少なく、その場合、冠婚葬祭でも使い回せることから、男子よりも先に黒色が浸透した」。つまり、男女別々の道をたどって到達した答えが、今の黒一色なのだ。

 かつて紺が主流の時代に、あえてグレーのスーツで就活した者として「それにしても没個性では」と田中さんに問うと、「そもそも『服装で自己表現すべきだ』という感覚自体、かなり世代差があると思う」と返された。

 本書は五百ページ超の大部。提示されるさまざまな論点の中で特に面白いのは、今はネット上のスーツの基本知識に誰でもアクセスできるが、その手軽さが知識の継承不全につながって黒色スーツの普及に一役買ったという指摘だ。「スーツについてネットで調べると、膨大な類似記事が出てくる。書籍と違い、スーツの基本知識がしっかり書かれていないものも多いが、記事の優劣は分かりづらい。結局、たくさんの人が見ているものを正しいと信じるしかない」

 こうして誕生した画一的なリクルートスーツは問題なのか否か。問題だというのなら、どんな就活スタイルが望ましいのか。田中さんは「本書が議論のきっかけになれば」と期待する。

 専門は近代以降の日本の服飾史。戦前、雑誌『主婦之友』が示した「理想の主婦」像が、戦後は「標準」として、人々の中流幻想を測る尺度として機能してきた歴史を研究する中で、スーツも戦後、同様の標準化が生じ序列化が進んだことに気づいた。「学校教育も、『この問題は普通の子は解ける』という『普通』を標準として序列をつくる。偏差値が最たるもの。こうした規範は服装で見えやすくなる」。本書は、この壮大な研究テーマの一環だ。

 確かに人は序列化したがる。「映画や音楽でも、かつては『学問的研究の対象』から『くだらない』まで序列があった。うっかり口を滑らすと『そんなの全然ダメ』と言われたり…。なんで人は格付けに惹(ひ)かれるのか。そこを考えていきたい」 (三沢典丈)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報