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【土曜訪問】

最も深い読者になる 30年にわたり「世界文学」紹介 くぼたのぞみさん(翻訳家)

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 翻訳文学は何となく難しい。あまりなじみのないアフリカや南半球の作家なら、なおさらそう感じる。けれど、この人の訳した作品を読むと、今まで知らなかった「他者」がぐっと身近になった気がする。翻訳者くぼたのぞみさん(69)。ノーベル文学賞を受賞した南アフリカ出身の作家J・M・クッツェーなどの翻訳を手がける。行きつけという東京都内の洋菓子喫茶店に会いに行った。

 くぼたさんは、クッツェーのほか、今やオピニオンリーダーとしても名高いナイジェリアのチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの翻訳でも知られる。仕事は「アフリカ」にとどまらず、国や人種では括(くく)れない文学作品を、三十年にわたり紹介してきた。翻訳する多くの作家に共通するのは、大陸や言語を超えた視点をもっていることだ。

 手がけた作家は当初から有名だったわけではない。「アフリカってだけで売れなかった時代は結構長かったんですよ」。クッツェーにも初対面で開口一番、「どうやって食べているんですか」。単刀直入に尋ねられたのだとか。

 では、どんな作品がくぼたさんを翻訳に向かわせるのだろう。「読んでいて作品の中、行間から聞こえてくる声みたいなものが響いてくる作品ですね。何冊か訳していくと分かってくるんです。“これ絶対、私やりたい”っていうのが」

 英語からの翻訳が主だが、複数の言語が入り交じった作品もある。英語で書いているクッツェーも、アフリカーンス語(オランダ語が南アフリカで変化した言葉)など現地の言葉の表現を随所にちりばめている。作中で交わされる英語以外の言葉の雰囲気を生かしつつ、それぞれの場面を浮かび上がらせる。

 大学入学は学生運動が盛んだった六〇年代末。自身はジャズ喫茶に入り浸り、黒人女性ボーカルにひかれた。外語大で学んだが、翻訳を志したのは卒業後、家で子育てしていたころ。トニ・モリスンら米国のアフリカ系女性作家の作品に出会い、「大学生のころに聞いてた声が、作品の中から聞こえてきた」。

 南アフリカの詩人マジシ・クネーネによる叙事詩の翻訳に取り組んでいた時期、アパルトヘイト(人種隔離)政策下だった同国の情勢が理解できず、反アパルトヘイト活動に参加したこともある。そんなさなか、米国の友人にもらった一冊が、クッツェーの「マイケル・K」。結果的にこちらの訳が先に完成し、翻訳者としての出発点になった。

 翻訳も手がけるクッツェーは、翻訳者を戸棚職人に例える。戸棚職人が良き戸棚を作るためには道具と材料を見極める目とハンドブックが一つあればいい、あとは観察と実践あるのみ、ということを記しているという。ただ、日本語への翻訳は少し事情が違うと感じる。「クッツェーはオランダ語とかアフリカーンス語から英語への翻訳をしているけど、これは欧州の言語間の話。アジアの言語へとなるとかなり飛躍があるので、遠くから両方の言語や作品背景を分析的に眺めるセンスが必要になる。戸棚職人のハンドブックだけでは足りないな、というのが私の実感です」

 アフリカが舞台の作品であれば、民俗風習や価値観が日本では大きく異なることも考慮に入れなくてはならない。今年七月に出したアディーチェの短編集『なにかが首のまわりに』にある、「ふつうの男たち」という表現。これは主人公の視点から語られる言葉で、白人と対比した「肌の黒い男たち」という意味だ。

 「翻訳者って、その作品の最も深い読者だと思うんです。会話だったら、その人になりきって言葉を出す」。文化の壁を容易に乗りこえて言葉が心に届く。くぼたさんの翻訳した文章の魅力は、きっとここにあるのではないか。

 来年八十歳になるクッツェーは近年、文章から装飾を極力省いた「晩年のスタイル」に向かいながら、新たな地平を切り開き続ける。「彼が生きている間に、エッセー集を書くのが、次の課題かな。三十年間やってきたクッツェーのガイドブックになればいいな」 (宮崎正嗣)

 

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