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【土曜訪問】

記憶を未来につなぐ 村上春樹・オーウェルの名作を漫画化 森泉岳土(たけひと)さん(漫画家)

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 人の記憶は曖昧だ。例えば家族の顔でも、細部となると思い出すのは難しい。でも大切で、印象深い。

 水と墨、つまようじで描く森泉岳土(もりいずみたけひと)さん(44)の漫画は、こんなことを連想させる。最新刊は、この年末に刊行したばかりの『村上春樹の「螢(ほたる)」・オーウェルの「一九八四年」』(河出書房新社)。一九八四年がキーワードの小説二編を、今なぜ漫画化したのか。

 東京都内の自宅にある仕事場。まず、制作の様子を見せてもらった。

 大きな画用紙に水で線を描く。墨を垂らすと、水の上を走るように伸びる。つまようじや割り箸を使って整え、絵が徐々に姿を現す。「この描き方だと、どんな線になるか自分でもコントロールできない。アクシデントが好きなんです」

 線と線が混じらないように、人物、背景など別々に描き、パソコンでコマや吹き出しと組み合わせて「漫画」を構築する。「(義父の)大林宣彦監督の編集作業を見ていると、撮影した素材を合成するのと似ていると思います」

 最新刊に収めた「螢」は、村上さんの恋愛小説『ノルウェイの森』の原形となった短編で、八四年に発表された。一方の「一九八四年」は英作家によるディストピア小説の古典。

 この年と村上さんと言えば『1Q84』が思い浮かぶが、「今、未来の先の未来にいることに気付き、この二作を一冊にする必然性を感じた」という。オーウェルは一九四八年に、三十六年後を見据えて「一九八四年」を執筆した(刊行は翌年)。さらに三十六年後が今年、二〇二〇年だ。

 「一九八四年」の舞台は超監視国家「オセアニア」。歴史を改ざんし、言語を改変して人々の思考力を奪う。「描きながら、これは現代の日本のことだと思った」。公文書を「遅滞なく廃棄」し、閣議決定で「そもそも」に「基本的に」という意味をこじつける。最近の日本は確かにオーウェル的だ。現代的な解釈も随所に加えて今回、描き下ろしで漫画化した。

 ただ、意図は風刺だけではない。「愛の物語でもあるんです」。主人公は監視の目を逃れて自由に恋愛し、やがて国家に翻弄(ほんろう)される。一方の「螢」も愛の喪失を描くが「『螢』は個人によって、『一九八四年』は社会のシステムによって愛を失う」。その意味でも対になる二編だという。

 村上作品の漫画化は国内初。初出は一五年の文芸誌『文芸 冬季号』で、当時も大きな話題になった。

 自身も十代後半から村上さんの愛読者。「八〇年代から残る狂騒とバブル崩壊後の衰退が同時にあった頃です。抱えていた不安を村上さんの作品に救われた」。大学時代、中米を旅行中に初めて読んだ『ノルウェイの森』は特別だ。グアテマラで二十歳の誕生日を迎えた夜は、生まれて初めて本物のホタルを見た。村上さん側から「一編どうぞ」と漫画化を許可されると、迷わず「螢」を選んだ。

 独協大卒業後は写真レンタル会社の営業職として就職。挿絵のある海外文学と絵画教室が楽しみだった子ども時代を思い出し、詩編のような絵を描き始めたのが二十五歳ごろ。時間を表現しようと漫画という形式に行き着き、鉛筆画などを試すうちに「記憶という曖昧なものを描くのに向いている」墨絵を見つけた。商業誌デビューは二〇一〇年、三十五歳の時だ。

 不思議な経歴の漫画家だ。だからなのか。広くて深い日本の漫画界で、誰にも作風が似ていないのは。「漫画畑ではない人間が漫画を描いてるんです。大人になって、だんだん漫画が面白くなってきたところです」 (谷岡聖史)

 *本書の原画展が26日まで東京・表参道の青山ブックセンター本店で開催中。最終日は森泉さんによる墨絵の体験教室もある。

「オーウェルの『一九八四年』」の一場面

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