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【土曜訪問】

量産支える「想像力」 多彩な作風で書き続け10年 中山七里さん(作家)

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 作家になって、今年が十年の節目となる。中山七里さん(58)がこの期間に、世に送り出してきた作品の多様さと、数の多さをあらためて知れば、みな驚くはずだ。青春音楽ミステリー『さよならドビュッシー』、どんでん返しが光る『連続殺人鬼カエル男』、悪辣(あくらつ)な弁護士を主人公にした御子柴礼司シリーズ…。どうやって書き続けてきたのか。

 都内の出版社に現れた中山さんは黒の革ジャン姿。「今ちょうど三十二時間起きてます。睡眠時間は一日平均二時間くらい」。月八〜十本の連載を抱える人気作家ならではのスケジュール。だが、柔和な表情とひょうひょうとした語り口に疲れは見えない。

 節目を記念し、一月から十二カ月連続で単行本を刊行する。最初となる『騒がしい楽園』(朝日新聞出版)は、都内の幼稚園で起きた殺人事件を追う長編ミステリーとなっている。

 謎解きの面白さはもちろん、息苦しいほど描かれるのは、待機児童問題を軸にぶつかる大人たちの姿だ。園児の声が「騒音だ」と苦情を言う住民、わが子を園に入れるため不正も辞さない母親、学力向上と長時間労働を求められる教諭。「この問題は突き詰めると、どこかにエゴがある。被害を受けるのは子どもだと書きたかった。基本はエンターテインメントだけど、読んだ後に引っかかりが残ったら物書き冥利(みょうり)に尽きる」

 創作はいつも、出版社から出されるテーマに始まる。「編集者は、どんな物語が求められるかが分かっている。そのリクエストに応えることは、読者に応えることと多分同義でしょう」。今作も「待機児童と殺人」というとっぴなお題から、三日間でプロット(筋や構想)を仕上げた。

 テーマを生かせる物語は何か。そのために登場人物は最低何人要るか。性格や対立構造は−。「どんどん話を進め、この時点で頭の中で原稿用紙五百枚ができている。後は書くだけ」と、こともなげに語る。

 そんな創作手法は、遅咲きともいえる四十八歳のデビュー時に決めたという。作家として生き残る術(すべ)を自身に問うた答えが「量産」だった。「一つの作品に構想数年なんてできない」

 音楽や法廷、政治、医療と幅広い分野で読者を楽しませてきたが、取材はなし。必要なのは「想像力」と言い切る。青年期から続く一日一冊という読書量が、素地になっている。

 筆名は、故郷・岐阜県の渓谷から。就学前には既に、両親が買い与える本を「食事と同じ感覚で」読む子どもだった。小中高校と学校図書館の本を読破し、自然と書くことに進んだ。

 文芸部員だった高校一年で長良川に生きる親子を短編に書き、文学新人賞に応募。選考途中まで進むと文芸誌に名前が載り、「人さまに評価してもらえるのは面白いと思った」。三年の夏休みに書いた長編を、大学生のときに江戸川乱歩賞に送るも落選。「才能がないと諦められた」。卒業と同時に会社員になった。

 だが四十代半ば、単身赴任先の大阪で人生を変える出会いが待っていた。サイン会に行った作家島田荘司さんの姿に刺激を受け「今書かなきゃ一生書かない」と、衝動的にパソコンを購入。四半世紀ぶりに小説を書き始めた。

 仕上げた作品は、第六回「このミステリーがすごい!」大賞の最終選考に残るも受賞はならず。「作家になりたいとは思っていなかったけれど、リベンジはしたかった」。選評と過去受賞作を分析し二年後、テイストの異なる「バイバイ、ドビュッシー」(後に『さよならドビュッシー』と改題)と「災厄の季節」(『連続殺人鬼カエル男』)を出すと高評価を受け、前者で受賞した。

 連絡を受けた時の正直な気持ちは「ゾッとした」。だが「出版社にとって賞は投資」との勤め人らしい考えが「賞金以上のものを返す」と覚悟を決めさせ、五十歳ごろに専業となった。

 春には五十作目が世に出る。十年間を支えたのは、デビュー作でもらった八十四枚の読者はがき。「この人たちを裏切っちゃいけねえなって。もうね、パソコンの前で死ぬのが一番の望みです」。疾走はまだまだ続く。 (世古紘子)

 

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