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【考える広場】

南シナ海 中国vs.ASEAN 加藤直人・論説委員が聞く

 南シナ海での領有権紛争を防ぐ「行動規範」策定について昨年秋、中国の李克強首相が「三年以内の交渉妥結」を表明しました。日米にとっても重要な海上交通路であるこの海域を「平和の海」にするにはどうしたらよいのか。中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の関係を研究する名古屋学院大の鈴木隆教授と一緒に考えました。

 <行動規範> 南シナ海での領有権紛争を防ぐ国際ルール。中国とASEANは2002年に「行動宣言」に署名したが、中国の人工島建設など実効支配に歯止めがかからなかった。ASEANは法的拘束力のある「行動規範」の策定を求めている。米国は同海で15年から巡視活動「航行の自由作戦」を展開し、中国をけん制している。

◆日本は先導的役割を 名古屋学院大教授・鈴木隆さん

鈴木隆さん

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 加藤 改革開放を進めた●小平氏は、経済を最優先し海外との摩擦を最小限に抑える「韜光養晦(とうこうようかい)」政策を唱え、中国は長年その路線を取ってきました。しかし、ASEANが二〇一三年以降、行動規範の策定を求めてきたのに、中国は南シナ海での人工島建設など実効支配を強めるばかりでした。一六年の常設仲裁裁判所の判決で、中国が主張する南シナ海での権益が公に否定されたことに反発もしました。中国がそもそも力による現状変更という強硬路線にかじを切った理由は何でしょうか。

 鈴木 中国は「韜光養晦」路線で諸外国を安心させ、投資を呼び込み、世界の工場として急速な経済発展を遂げました。その後、国力拡大を受け、胡錦濤政権は平和的に台頭する「和平崛起(わへいくっき)」政策を掲げました。習近平政権も「中国は覇権を追求する遺伝子を持っていない」と表明しました。

 しかし、成長を続けると、国力を維持するコストも膨らみます。資源への渇望が強硬路線に向かわせた一因です。燃料確保のための森林伐採で砂漠化が進み、水資源の枯渇は大都市周辺にまで及んでいます。漁獲量も増え、すでに世界の約二割を占めます。第二の理由は経済成長への欲求です。中国政府は権力の正当性の根拠を経済成長に置いています。強権的な権力を支えるには、少なくとも年5%前後の経済成長率が必要でしょうが、将来的には2〜3%になると予測されます。既存の市場は飽和状態に近いため、沿海から近隣海域までのシーレーンを管理し、海外市場へのアクセスを確保しようとしています。

 加藤 李首相が「三年以内」と踏み込んだのは、米国の対中強硬姿勢への変化があったからではないでしょうか。

 鈴木 南シナ海はインド洋と東アジアを結ぶ最短ルートとして、世界の原油タンカーの約半数が通航する海上交通の要衝ですが、ニクソン・ドクトリン以降、米国はアジアへの軍事介入を抑制する方針でした。しかし、米国がアジア重視に政策転換し、対中強硬姿勢を強めたことは影響を与えたと思います。

 加藤 中国の力による実効支配に歯止めをかけるには、ASEANはどのように中国と向き合うべきでしょうか。

 鈴木 ASEAN諸国の対中認識は親中から反中まで一様ではなく、足並みが乱れています。ASEANが主導権を発揮できない現状もあり、中国高官は常設仲裁裁判所の判断を「紙くず」と切り捨てました。このまま、ASEANや日本が、中国の主張する「九段線」内側海域を「藍色国土」として人工島も領土とみなす手法を認めてしまえば、自由な航行の妨げになるばかりか、自由貿易体制の根幹が揺らぎかねません。

 加藤 この問題で、日本はどのようにASEANをバックアップできるでしょうか。

 鈴木 日本の役割について三つ提言します。一つは、海上共同訓練や海上保安人材協力、巡視船の供与でASEAN諸国の海上警備能力強化を支援すること。二つめは、法の支配で問題解決を図るASEAN主導のメカニズムを支持し、行動規範を実効性あるものにするよう後押しすること。三つめは、日米同盟による抑止力を強化し、中国のさらなる軍事拠点化などの行為を自制させることです。

 加藤 中国は「一帯一路」や「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」などの政策や構想を背景に、近年は「中国の時代が来た」と、傲慢(ごうまん)にも映る姿勢を示しています。しかし、ASEAN諸国でも「一帯一路」に伴うインフラ整備の過剰投資で中国への債務返済が困難になっているケースが目立ちます。

 鈴木 よく指摘される「対中債務のわな」ですが、中国の支援で港湾を整備したスリランカは借金を返済できず、港の管理権を中国に譲渡せざるを得なくなりました。中国から巨額投資を受けたギリシャは一七年の国連人権理事会で、中国の人権侵害を批判する欧州連合(EU)声明に拒否権を発動しました。武力を用いずに世論操作などの巧妙な手段で他国を自国になびかせる力は「シャープパワー」と言われ、国際社会は経済力を背景にした中国の「シャープパワー」を警戒しています。

 ASEAN諸国は小国ですので、一国単位で中国の構想に対抗し、その内容を修正させることは難しいでしょう。ですから、ASEANは中国の投資プロジェクトが途上国それぞれの身の丈に合った形で実施され、かつ国際秩序の枠を逸脱しないように声をそろえなければなりません。これまでも、ASEANは「中国脅威論」を世界に発信し、国際社会での中国像に相応のダメージを与えてきました。一致結束できれば、中国は決してASEANを軽視できません。

 加藤 ミャンマーの少数派イスラム教徒・ロヒンギャへの迫害について、ASEANは昨年、議長声明で懸念を表明しました。内政不干渉が原則のASEANとしては踏み込みました。

 鈴木 この問題には、米中両大国の利害関係が複雑に絡んでいます。ミャンマーはインド洋への出口に位置するため、中国から見れば、対立するインドとの緩衝国で戦略的に重要です。米国にとっても対中戦略の観点から重要であり、民主化と人権の尊重を迫っています。

 当事国ミャンマーのガバナンスにも、国連や大国の調停能力にも限界があるからこそ、ASEANの果たすべき役割が大きくなっています。ASEANはもともと、ベトナム戦争や中国での文化大革命という安全保障上の脅威を背景に一九六七年に産声を上げました。

 ロヒンギャ問題は今や、ASEANにとっての安全保障問題へと変容しています。迫害されたロヒンギャの一部はテロ組織やイスラム過激派組織の新たな人員獲得源や資金源になっているといわれます。ASEANは早急にロヒンギャの安全を確保し、人道援助に全力を挙げるべきです。

 加藤 経済発展して大国となっても「覇権」を求めないというのは、●小平氏の遺訓だったといえます。しかし、尖閣諸島の問題や「次世代高速通信規格」(5G)を背景にした高度先端分野での競争でも、近年の中国には「覇権的」な動きが目立つことが気がかりです。

 鈴木 最近の中国の動きからは、米国主導の国際秩序に挑戦し、覇権を手にすることで、自由主義や民主主義を独自に再定義し、自国に有利な基準やルールを整備したい意向が垣間見えます。歴史的に見れば、新たな大国が台頭する時、国際関係は不安定化します。東アジア、とりわけ南シナ海が米中対峙(たいじ)の最前線であることを考えれば、軍事的衝突は絶対に避けなければなりません。

 アジアの平和はASEAN主導の多国間安全保障対話を通じて実現していくのが現実的です。しかし、近年は「ASEANディバイド」といわれる深刻な域内格差に直面し、機能不全に陥っています。日本は、ASEANを地域のバランサーとして機能させるための先導的役割を担うべきです。

 今日の日本外交は対米と対中のはざまで苦慮し、ASEANへの視点が薄れているように感じます。日本はASEANとより緊密に連携し、その底力を活用する視点を持つべきです。

 ※●は登にオオザト

 <すずき・りゅう> 1974年、栃木県生まれ。筑波大社会学類卒、同大大学院博士課程社会科学研究科修了。博士(法学)。早稲田大現代政治経済研究所特別研究員などを経て、現在、名古屋学院大法学部教授。専門は国際政治学。著書に『東アジア国際関係の新展開』(志學社)など。

 

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