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【考える広場】

捕鯨の行方

 昨年末、日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明。それに伴って商業捕鯨が来月、三十一年ぶりに再開される。どうしてこうなったのか、捕鯨の行方はどうなるのか。

 <日本の捕鯨の現状> 昨年末の官房長官談話によると、IWC脱退後もオブザーバーとして参加するなど、国際機関と連携しながら鯨類の資源管理に貢献する方針。再開する商業捕鯨は日本の領海と排他的経済水域(EEZ)に限定する。反捕鯨国から批判されてきた南極海・南半球での調査捕鯨はやめることになった。

◆食の主権守る出発点 IWC日本政府代表・森下丈二さん

森下丈二さん

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 なぜ商業捕鯨を再開しなければいけないのか? よく質問を受けます。捕鯨をしたい人、鯨肉を食べる人は少ないのに、国際的な評判を悪くしてまで捕鯨をする必要があるのか? 

 私は逆に、なぜ捕鯨をしてはいけないのか疑問でした。鯨資源が枯渇していて、国際法にも違反しているのならやめざるを得ません。しかし、日本の周りに豊かな資源があることは科学的データが示しているし、国際法にも鯨を資源とみなす考え方があります。捕鯨関係者は少ないとはいえ、合理的な理由もなく「反対する国があるからやるな」とは言えません。世界の大半の国が捕鯨に反対しているというイメージも間違いで、日本の脱退で八十八カ国になるIWC加盟国のうち四十カ国は捕鯨を支持しています。

 IWCは、もともとは捕鯨を管理する国際機関でした。一九八二年に導入された商業捕鯨モラトリアム(一時停止)も、科学的根拠に不確かな部分があるから一時的に商業捕鯨を止めた上で、約十年の期限を設けて科学的データを包括的に評価し直し、新たな捕獲枠を検討するという内容でした。つまり捕鯨再開への手続きだったわけです。

 ところが、科学的データが整った後も、ルールを守らせるための取り締まり措置という話が出てきたり、商業性があってはいけないと言ってみたり。そのうちに反捕鯨国は、鯨は特別な動物だからどんな条件でも反対すると言い始めました。それは価値観の押し付けで、交渉で妥協点を探ることはできません。モラトリアム解除には加盟国の四分の三の賛成が必要です。現実味は低く、日本には脱退しか選択肢はありませんでした。科学的にも法的にも議論は尽くしました。三十年以上にわたる交渉の末の決断です。

 捕鯨問題は、実はさまざまな問題の象徴でもあります。食物の多様性や食料自給率、各国の国民が自分で食べ物を決める権利など大きな問題につながっています。多くの途上国が日本の味方をしてくれたのは、自国の食との共通性があるからです。鯨だけ、日本だけの問題ではありません。だから捕鯨問題は重要なのです。日本はIWC脱退後もオブザーバーとして参加し、捕鯨問題の背景にある諸問題について積極的に発言していきます。商業捕鯨の再開はゴールではなく、スタートです。

 (聞き手・越智俊至)

 <もりした・じょうじ> 1957年、大阪府生まれ。京都大を卒業し、82年に農林水産省入省。博士(農学)。99年からIWC日本政府代表団の一員となり、2013年から代表。東京海洋大教授。

◆妥協引き出す努力を 国際政治学者、東北大准教授・石井敦さん

 IWCからの脱退で商業捕鯨再開が容易になったと思われるかもしれませんが、それは違います。「海の憲法」と呼ばれる国際海洋法条約により、鯨類管理のための「適切な国際機関」を関係国とともに設置し、それを国際的に認知させる必要があるのです。

石井敦さん

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 関係機関の新設はほぼ絶望的ですので、日本政府が考えている手はIWCへのオブザーバー参加。先に脱退して商業捕鯨を再開したカナダの手に倣おうというものです。確かに、カナダの商業捕鯨は国際的に認められた形ですが、それは同国が沿岸捕鯨に限定し、捕獲頭数も少ないから。日本のオブザーバー参加には異論が出る可能性があり、状況は不透明です。

 私はIWC総会に六回、オブザーバー参加しています。反捕鯨国が記者会見で「日本は恥を知れ」みたいなことを言う場面がありました。普通の国際会議では考えられない失礼な言動で、日本政府に同情したくもなりました。しかし、この交渉では日本が妥協を引き出さない限り、商業捕鯨を再開できない。非難合戦をし、揚げ句に脱退している場合ではないのです。

 実は、日本も含め世界の国々にとって、捕鯨は国益に深く関わる重要な問題では全くありません。でも、たいした問題ではないからこそ、日本のさまざまな課題が見えてくるのです。日本はまだ民主主義国家ではなく、発展途上だということが。

 一つは、日本の外交に筋の通った原理がないことです。日本は資源に恵まれず貿易しないと豊かになれない国です。国際法を順守し、多国間主義で行くしか生きる道はありません。IWC脱退はその規範をないがしろにするものと言わざるを得ない。それを改めようにも、国際法の解釈については関係官庁が排他的に権限を有しており、異議を申し立てる民主的なメカニズムがありません。

 科学を大事にしているように見えながら、実はあまり尊重していないことも明らかになりました。日本は二〇一〇年から四年をかけて、いわゆる調査捕鯨の正当性をめぐって国際司法裁判所でオーストラリアと争いましたが、判決は調査を「科学的な研究を目的としたものではない」と認定しました。こうした恥ずかしい評価を許したアカデミズムや批判してこなかったジャーナリズムの罪も大きいでしょう。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いしい・あつし> 1974年、神奈川県生まれ。著書に『クジラコンプレックス』(共著、東京書籍)など。超学際科学の実践で「サステナビリティー・サイエンス」誌の2017年最優秀論文賞。

◆商業的利用には限界 鯨類保護NGO事務局長・倉沢七生さん

倉沢七生さん

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 IWC脱退に伴い、公海での調査捕鯨を中止するのは評価できます。しかし、これまで調査捕鯨の継続を一義的に選択して妥協を蹴ってきたのが日本です。南極海での調査捕鯨は船の老朽化などで継続するメリットがなくなったわけですが、体面上「やめる」とは言えないから脱退したのではないでしょうか。IWCにとどまり「調査捕鯨をやめる」と言えば、他国との対立を解消する一歩になったのにと思います。

 この問題の背景には、クジラをどう見るかという日本と他国の対立があります。日本政府の見解では、クジラは水産資源、つまり捕って利用するだけのもの。しかし、既に産業がなくなって久しいところでは「水産資源」としての認識はない。クジラは普通、一回のお産で一頭の子どもしか産みません。妊娠期間も長く、陸上の哺乳動物よりずっと繁殖率が低い。商業的な利用には限界があります。

 日本では、一九七一年に環境庁(現環境省)が発足した時、陸の動物の所管は林野庁から環境庁に移りましたが、水産動物は水産庁が手放さなかった。「種の保存法」が九三年に施行された際も、海の動物のほとんどが水産庁の所管のまま。水産庁管轄の水産資源保護法では、資源量が回復するまでの捕獲や流通が規制されていますが、クジラの回復のための具体策はないと言わざるを得ません。

 確かに、クジラも種によっては乱獲から回復し始めているものはある。日本政府は、推定された数を根拠に「持続的に利用できる」としていますが、それだけでなく、その種がどのような群れで構成されているのかも重要です。日本沿岸にいるミンククジラにも希少な個体群が存在します。それをどう守るかという手だても示さないまま商業捕鯨を再開するのでは他国の理解は得られません。

 クジラの肉を食べる人はほとんどいないのに、海外の捕鯨批判に反発する人が多いのは残念です。確かに海外の圧力は強すぎると感じますが、クジラは国際的に移動する動物なので、他国との合意形成が不可欠。クジラの利用が絶対にいけないとは言いませんが、クジラをパンダやゴリラと同じように考える人々の主張も認め、操業船の第三者による監視など透明性を持った管理を徹底した上で利用の可否を問う責任が日本にはあります。

 (聞き手・大森雅弥)

 <くらさわ・ななみ> 1945年生まれ。神奈川県出身。エコロジーの雑誌の編集で捕鯨問題に関わる。96年に鯨類保護NGO「イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク」参加。現在は事務局長。

 

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