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【考える広場】

宇宙の夢と現実 月面着陸から50年

 初めて月に降り立ったアポロ11号のニール・アームストロング船長の「小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」から、この七月で五十年。アポロ計画がもたらしたものとは?

 <アポロ計画> 米国による有人月探査計画。1962年から米航空宇宙局(NASA)が主体となり、計画を推進。69年7月20日、アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した。72年の17号で計画終了。総費用は現在の貨幣価値で10兆円を超えるとも言われる。計12人が月面に着陸。岩石や土壌384キロを地球に持ち帰った。

◆「軍事」の側面強まる 宇宙物理学者、名古屋大名誉教授・池内了さん

池内了さん

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 アポロ11号が月面着陸に成功した時は、さすが米国が本腰を入れるとこれだけのことができるんだと感心した記憶があります。とはいえ、それはサーカスのようなもので、非常に危ない橋を渡るものだった。そこまでしてなぜ月に行くのか。科学的にはよく分かりませんでした。

 では何のためか。目的の一つはもちろん、国威発揚です。宇宙開発はそういう側面が強い。今でも。その場合、花火みたいなもので長くは続かず、アポロ計画も途中で打ち切られました。

 二つ目は技術的な側面です。アポロは科学的には意味はありませんでしたが、技術的には大きな進歩をもたらしました。僕は一種の人体実験だったと思っています。どこまで遠隔操縦が可能か、人間に頼らないといけないかを測る狙いです。

 三つ目は軍事開発です。世界初の人工衛星はソ連が一九五七年に打ち上げたスプートニク1号。ソ連はその二カ月前に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成を発表しています。その証明としてのロケット打ち上げだった。もともと軍事が先で宇宙は後だったのです。

 米国でも事情は同じ。アポロ計画などの宇宙開発を先導したベルナー・フォン・ブラウンはドイツ人で、ナチスが英国の空爆に使ったV2ロケットを開発した人間です。米国の宇宙開発は、米航空宇宙局(NASA)の宇宙科学研究を広告塔的に掲げながら、裏では軍事目的に動員する方式を確立したのです。

 そうした中、日本だけは戦後、国会で「宇宙開発は平和目的に限る」と決議するなどロケットの平和利用を進めてきました。ところが、次第に軍事の側面が強まり、二〇〇三年に誕生した宇宙航空研究開発機構(JAXA)がその動きを加速しました。宇宙科学研究は宇宙開発事業の広告塔にされていきました。〇八年に成立した宇宙基本法には「我が国の安全保障に資する」という文言が入り、さらに一二年のJAXA法の改定では「平和目的に限る」という条項が削除されました。

 若者たちは今も宇宙に対するあこがれを持っているでしょう。そのあこがれは、地球を外部から観察するという、自らを見る全く新しい視点をもたらしました。宇宙はこれからも夢と知の対象であってほしい。そうであればいっそう、私たちは宇宙開発の現実を知るべきなのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いけうち・さとる> 1944年、兵庫県生まれ。『科学者と戦争』『科学者と軍事研究』など著書多数。近著は『科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』(みすず書房)。

◆SFの新しい形期待 書評家、エッセイスト、声優・池澤春菜さん

 アポロ11号の月面着陸はいろいろな意味において、その前と後で明確に線が引かれた歴史的な転換点だと思います。私のようなアポロ後に生まれた者たちは、月が人間の物になった以降の世代なのです。

池澤春菜さん

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 アポロ以前の月は、ジョルジュ・メリエスの映画「月世界旅行」(一九〇二年)のワンシーンのように、月に顔があってそこにロケットが刺さるという夢の世界。ジュール・ベルヌの「地球から月へ」(一八六五年)は、あの時代としては科学的な考証を頑張っていますが、やはりファンタジーです。

 それがアポロによって、月は一気に「そこにあるもの」になった。人間の集合知のレベルでいえば、誰か一人が月に到達した時点で人の意識は大きく変わりました。まさにブレークスルー(突破)です。それ以降、私たちの知覚は、より外に向き始めたと思います。あるいは、より内に潜っていった。

 そのことはSF作家たちに重大な影響を及ぼしました。SFはいつも先取りをする文学で、アポロ以前もエドモンド・ハミルトンの「キャプテン・フューチャー」シリーズなどの宇宙を舞台にした小説が書かれていましたが、人が月に到達した時点で、ある意味それは終わったのです。私たちは書物の中の未来を追い越してしまった。

 ある作家が「よく知っている世界のことは逆に書けない」とおっしゃいました。今の私たちは、宇宙船の中でたばこは吸えないことを知っているし、光線銃でタコのお化けを倒すことはできないことも分かっています。つまり、宇宙に関しては簡単には夢が見られなくなってしまいました。SFはいつも時代の先を行くものですから、今も未知の世界が書かれ続けています。ですが、個人的にはそのフロンティアの限界に迫っていると感じることがあります。

 一方で、SFとはスペキュレーティブフィクション(思弁小説)でもあります。いろんな未来、ifを想定して思考実験を行うことで、人類に何かをリハーサルさせていると考えれば、その想像力や先に進もうという力には終わりはないと思います。今、私たちは閉塞(へいそく)感の中にあり、足元にはひたひたと絶望が押し寄せてきています。そういう中でも、可能性の文学であるSFは何かの形で突破してくれると信じています。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いけざわ・はるな> 1975年、ギリシャ生まれ。父は作家・池澤夏樹、祖父は作家・福永武彦。「SF者」を自認し、日本SF作家クラブ理事を務める。著書に『SFのSは、ステキのS』など。

◆経営力で民間も参入 ispace(アイスペース)CEO・袴田武史さん

袴田武史さん

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 宇宙に人間の生活圏を築く。これが、われわれispaceの掲げるビジョンです。生活の基盤となるのは経済です。だから、宇宙に産業が生まれないといけない。最初の産業は資源の開発・利用になるでしょう。宇宙で最も重要な資源は水です。飲料になると同時に、水素と酸素に分解すれば宇宙船の燃料にもなるからです。

 水は月にあることが近年分かってきました。アポロもそうでしたが、月までは三日で行けます。われわれは月着陸船と月面探査ロボットの開発を進めてきました。二〇二〇年半ばには、着陸船を米国の民間ロケットで打ち上げ、月の周回軌道に乗せます。二一年半ばには、月に着陸し、探査ロボットを月面で走らせます。成功すれは、いずれも民間主導では日本初となります。その後は、水の探索をしながら、地球と月の間の輸送サービスを提供し、月のデータを販売する。そういうビジネスを考えています。

 宇宙開発は従来、国家主導で行われてきました。巨額の税金を投入するため、失敗はできません。信頼性が極度に担保されるようになり、システムは巨大化し、人は増える。その結果、コストと時間がかかってしまう。一方、われわれのような民間の場合は、リスクが取れる強みがあります。もちろん失敗したくはありませんが、自分たちの意思決定で、チャレンジすることができるのです。

 宇宙では最先端の技術が使われているというイメージがあります。しかし、それは一部であって、大部分は古い技術がベースになっています。だから、技術面では民間企業でも十分に宇宙事業に参入できるのです。民間の宇宙事業では当面、最先端の技術が求められるわけではありません。むしろ必要なのは、資本や経営ノウハウです。われわれは政府系ファンドや大手企業から約百億円の出資を受けました。これで二回の飛行ミッションが可能になりました。

 二十年後には、月に千人ぐらいの人が住み、資源開発などの仕事に就いている。そして、年に約一万人が月や宇宙を旅行する。われわれが描く「ムーンバレー構想」です。今の宇宙開発のスピードが維持できれば、そういう世界が実現するでしょう。月は中継基地になり、月をベースにして火星に向かう。そんな時代が来ると思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <はかまだ・たけし> 1979年、東京都生まれ。名古屋大卒、米ジョージア工科大大学院修士課程修了。経営コンサルティング会社勤務を経て2010年にispaceを設立、最高経営責任者(CEO)に。

 

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