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【考える広場】

米中貿易戦争の行方 富田光・論説委員が聞く

 貿易をめぐる米中の対立が混迷の度合いを深めています。超大国の激突は世界経済の大きな足かせ要因になっています。もはや関税戦争ともいえる状況で、その影響は消費税増税を控えた日本経済にも確実に及んでいます。収束の気配がみえない覇権争いとどう向き合うのか。米中関係に詳しい日本総研の呉軍華理事と議論しました。

 <米中貿易戦争> トランプ大統領は昨年以降、貿易赤字全体の半分近くを占める対中赤字解消を目指し、追加関税を次々実施。来月1日から輸入品ほぼ全部に制裁を広げる第4弾を実施すると公表した。一部製品への適用は延期されたものの中国側の反発は依然根強い。世界貿易の覇権争いが背景にあり、双方が後に引けないまま関税の報復合戦となっている。

◆日本は当事者意識を 日本総研理事・呉軍華さん 

呉軍華さん

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 富田 米中の対立が貿易戦争というレベルにまで達しています。超大国同士の争いだけに世界経済への影響は甚大です。各国はかたずをのんで行方を見守っています。まず現状ではどちらが優勢とみていますか。

 呉 拮抗(きっこう)しています。経済分野での米中の争いは二つの非対称的な構造を持っています。一つは政治体制の違いに起因し、もう一つは貿易構造に根付くものです。無節操な政党政治に大統領の足が引っ張られる民主主義体制下の米国に対し、最高指導者に権力が集中する中国は政策の立案や施行を進めるにあたり非対称的な力を有しています。

 貿易関係で非対称的な力を持っているのは米国。相手市場に対する依存度が中国の方が圧倒的に大きいから。双方が自らの非対称的な力を最大限に生かそうとしており現時点でどちらも圧倒的な優勢になっていない。

 富田 トランプ大統領はツイッターで中国の不当性を攻撃しています。中国側が常に振り回されているのが実態ではないか。

 呉 無論その一面があります。しかし中国は選挙や世論を考える必要がなく、完全に振り回されてはいない。意識的に時間稼ぎをしているような気配もあります。かつて毛沢東は『持久戦論』という論文で、持久戦に持ち込めば日本は必ず敗れるという主張を展開した。この一年中国では、持久戦がキーワードになっている。中国は持久戦に持ち込めば勝つだろうと読んでいるかもしれません。

 富田 しかし現状ではがっぷり四つに組んでいるようにみえます。米中の争いの様子をみると、やり方はトランプ氏が乱暴に感じますが、中国もルールを守っていないように思える。

 呉 トランプ氏の個性は米大統領として異様なところがあるが、米中の争いを属人的に見ない方がいい。関係がなぜここまでこじれたのか。世界貿易機関(WTO)加盟時の約束を中国が守っていないというのは米国の論理。それは事実かもしれませんが関係悪化の契機にすぎない。対立の本当の原因は経済グローバル化にあります。政治のグローバル化なしで経済だけのグローバル化が進むと、開発志向の強い非民主主義国が民主主義国に勝つ。規模が大きく、政府の統制力も圧倒的な中国のような非民主主義的な国を相手にした場合、なおさらそういう構造になるのです。

 富田 冷戦が終わってイデオロギーをめぐる道義的な戦いは終わったはずでした。ただ残念ながら中国もロシアも民主主義的な国にはなっていません。その中で新たな構造を持った対立が始まったということですか。

 呉 その通りです。グローバル化が絶対的な価値観のように語られ、半ば一つの信仰になっている。しかし実際、グローバル化は冷戦崩壊を境に大きく変容しました。かつて国際化という言葉がありました。それに象徴される通り、冷戦終結前のグローバル化は先進国同士の局地的なもの。自由民主主義・法の支配という価値観をシェアする仲間同士のグローバル化でした。冷戦後は状況が一変しました。

 富田 ただ世界はトランプ氏が仕掛けた貿易戦争だと思い込んでいる。現代の経済関係で関税を突然上げるなどあり得ません。本当に彼が原因ではないのですか。もう少し説明を。

 呉 米国では、米国が中国を再建したとの見方があります。中国の成長を米国が大いにサポートしたのは事実でしょう。無論、米国は慈善事業で中国を助けたのではありません。助けていれば中国が米国と価値観をシェアできる国になると見込んでいたから。この見方が間違いとの反省が二〇一〇年ごろの米国で起こり、一五年にはある種の超党派的なコンセンサスになった。トランプ政権の対中政策はこの流れを受け継いだ。

 富田 とんでもない時期に登場してしまったわけですね。中国は長期戦の構えということですが、米国も譲れない。正直、今後どうなるのか恐怖さえ覚えます。

 呉 同感です。ノーベル経済学賞を取ったロバート・フォーゲル氏が南北戦争勃発直前、奴隷制の南部の生産性が北部より高いという研究成果を発表しました。この研究成果の延長線で想像すると、経済の合理性を追求するために当時の米国で南北経済の一体化を進めた場合、北部が南部にのみ込まれることになります。もちろん、そのようなことは起きませんでした。フォーゲル氏の言葉を借りると、正義と公平のため奴隷制を終結しようとした政治的決断が下されたからでした。

 無論、今の米中をそのまま当時の米国の南北関係に置き換えてはいけません。しかし、イデオロギー・価値観の対立に加え、経済の面においても、自由資本主義の米国が、次第に共産党一党支配を制度的バックにした中国の統制的資本主義に対抗しきれなくなってきている。それに伴い米国がこの流れを遮断するような政治的決断をしないという保証はありません。

 なお、ここでいう政治的決断の究極的な形態は戦争だと思いますが、追加関税の実施などはその初期の形態として考えられる。この意味で、八月一日、追加関税の対象をすべての中国製品に広げ、ほとんど間を置かず五日にも中国を為替操作国に認定したといった流れをみると、トランプ政権の政治的決断のトーンが急ピッチで上がっているとみるべきかもしれません。

 富田 日本は今、どうしたらよいか混乱しています。中国寄りになるのは無理としても無視は到底できない。例によって米国に対しては腰砕け気味です。何とか仲裁できないだろうかという思いもあります。

 呉 まず日本に必要なのは当事者意識だと思います。トランプ政権の誕生を境に、ポスト冷戦時代が終わりました。米中の戦いは、ポスト・ポスト冷戦時代をどのような世界にするかをめぐっての戦いです。企業の収益とか株価への影響とかといったレベルだけでなく、われわれが今冷戦の終焉(しゅうえん)に匹敵するような大きな歴史的転換点に直面しているという問題意識で「日本はどうしたらよいか」を考えなければなりません。

 米中対立はあくまで人ごとで迷惑だという感覚はもう捨ててください。そして、米国も中国も自らの力だけでは恐らく勝つことが不可能です。仲間づくりはこの戦いの勝負に大きなインパクトを与えます。米国、それとも中国、どちらの仲間になるか。今こそ日本の出番なのです。もちろん自身が、日本が歴史の流れを見極め、新たな望ましい世界のあり方を提案することができるならば、それこそ二十一世紀の人類社会への大きな貢献になります。

 <ウ・ジュンファ> 1960年生まれ。83年復旦大(中国・上海)卒。90年東京大大学院総合文化研究科博士課程修了後、日本総合研究所入社。2006年から現職。研究・専門分野は中国の政治・経済、米中関係。著書に『中国 静かなる革命』(日本経済新聞出版社)など。

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