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【考える広場】

人生100年時代に

 日本は人生百年時代を迎えるという。長寿はめでたいが、年代別人口の推移=グラフ参照=を見れば、今が人口構成の大転換の過渡期にあることが分かる。社会の仕組みも大きく変わらざるを得ない。未曽有の事態の中、私たちはどう生きていったらいいのか。「生きるヒント」を与える著作が多い作家の五木寛之さんに聞いた。

◆登山も下山も「楽しい」 作家・五木寛之さん

五木寛之さん

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 −今年で八十八歳になられます。

 振り返ると、悔いの多い人生でした。末世とされた平安時代の人がつぶやいた「地獄は必定(必ずそうなると決まっていること)」という感じ。きざなたとえではなく正直な気持ちです。

 敗戦を当時植民地だった朝鮮・平壌で迎えました。難民状態でソ連軍の進駐を迎えて、何とも言えない体験をしてやっと帰国しました。それは一生消えないトラウマ(心的外傷)です。何とか忘れようとし続けてきましたが、なかなか忘れることができません。あっちにそれ、こっちにそれして、やっとたどり着いて今いるわけですが、ずっと迷っている思いがします。

 −つらい体験ですね。

 そうではないんですよ。つらいのは帰って来られなかった人たちです。だから、ずっと負い目があったんです。生きて帰って来た人間は皆、悪人、許されざる存在だと。若いころから、晴れた空のような気持ちでは過ごせませんでした。それは今もそうなんですが、親鸞の本に触れる機会があって、そういう人間(悪人)でも生きていっていいのかと安心したところがありました。それがなかったら途中で人生を投げ出していたかもしれません。

 −そんな中、物語を作るという道に進まれました。

 僕は作家が自分の力で物語を作り出して読者に差し出しているとは考えていません。みんながそれぞれ心の中に持っている無意識の欲望や夢を感じ取り、形にして投げ返すのが作家だと思っています。

 作家はメディアで仕事をしていますが、メディアは霊媒を意味するミディアムの複数形。つまり作家はイタコ(東北地方の霊媒)であって、書かされているのです。僕の最初のエッセー集の題はボブ・ディランの曲にちなんで『風に吹かれて』ですが、風を起こすのでも逆らうでもない「吹かれて」。受け身です。

 −今や風は人生百年に向けて吹いています。百歳まで生きたいと思われますか。

 いや、それはありません。母は四十代、父は五十代で亡くなっていますから、この年まで生きるなんて夢にも考えていませんでした。この先は明日何かあって倒れても全く不思議ではない。

 人生五十年の時代だったのが、そこからさらに五十年でしょう。いやあ大変だなと思いますね。生きていくのは苦労が多いという気持ちが僕の根源にありますが、寿命が延びれば延びるほど気力、体力がどんどん後退していく。僕自身、実感しています。昔のように徹夜して何十枚も書くとか、百寺巡礼で石段を駆け上がるとか、できなくなってしまった。僕はそれを「下山の時代」と呼んでいますが、そこをどうやりくりして支えながら生きていくか。

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 −どんなアドバイスがありますか。

 分からないですね。そういうことを気軽に答える人はちょっと怪しい。トルストイみたいな大作家でも晩年に家出をして旅先で死んじゃうわけでしょう? 迷いは深まる一方。僕もありとあらゆることで毎日迷いますね。年を取ればどんどん達観できるようなものではない。

 人はずっと昔から不安の中で生きてきました。僕は親鸞の小説を書いたので、彼が生きた平安末期から鎌倉初期のことを勉強しましたが、そのころの人々は「生きて地獄、死んで地獄」という絶望の中にあった。

 そんなことを考えるからか、僕はデビューのころから「五木は暗い。発想そのものが暗い」と言われ続けてきました。でもね、炭坑のカナリアがガス発生をいち早く察知するように人々の不安を感じてきたかもしれません。

 −カナリアとして、時代は悪い方に向かっていると感じられますか。

 僕はそう思いません。確かに日本自体がピークを過ぎて下山に入った感じだけど、「登山は良くて、下山は寂しい」ではない。それぞれに意味があって「登山も楽しい、下山も楽しい」です。まだ道はあると思っています。

 この国は昔から、資源がない、災害が多いのを工夫してやってきた。トヨタ自動車の「カイゼン」もそれですね。今の世の中を見渡して、なんでこれをちゃんとやらないのかと思うことは山ほどある。それが僕の考える希望です。経済成長率だって倍にできると思う。もう一度、ジャパン・アズ・ナンバーワンになる可能性だってある。

 −具体的には何ですか。

 そういう改善が一番必要なのは高齢者向けの製品です。人生百年となれば貧富の差はなく、世界中あらゆる人に体の不調が出てくる。そこから需要を掘り起こして、生活上の人間的欲求に応えるものを作る。今必要なのは楽しみを加える技術ではなく、苦しみを救う技術です。それで立国すればいい。日本は高齢社会のフロントランナー。グローバルスタンダード(世界基準)になれるのでは。

 例えば、補聴器を使っている人が増えている。日本のオーディオ技術はすごいでしょ。小さな物を作るのが得意な日本が、なぜ補聴器のポルシェを作れないのか。ほかにも入れ歯、歩行補助器、義足、腰の補助器具など、たくさんある。小さくて、良質で値段が高い物を作るべきです。

 医療もそうです。加齢の結果、目や耳、足などが不自由になる人がどれだけいると思います? それなのに、医療の現場では、そういう人たちはあんまり相手にされない。だから、みんな民間療法に行く。近代の医学が先端治療、表街道のところばかりやっていて、多くの人々の日常の悩みに応えようとしていないからです。

 −百年をどういう心持ちで生きればいいのでしょうか。

 人は神代の昔から悩みながら生きるもの。どんな思想や哲学が生まれたとしても、その悩みを解決する道はないと思います。それはストレスの種になるわけですが、生きるにはまた、ストレスが必要なんですね。

 悟りを開こうと修行しますか? それで自らは明鏡止水の境地に達したとしても、世間の人たちの苦しみはどうするんですか。自分だけそんな感じで生きていていいわけがありません。

 人生には目的はありません。あえて言えば、生きるということ自体が目的です。シェークスピアの「リア王」に「人は泣きながら生まれてくる」というせりふがありますが、生きていくことは苦が多くて大変だと最初から思っているべきです。生きることはつらい。どんなにつらくても、生きるしかありません。

 正直、こんなことは自分のことを棚に上げないと言えないところもある。「そういうおまえはどうなんだ」と聞かれると、こう言うしかありません。「のたうち回って生きています」と。

 (聞き手・大森雅弥)

 <いつき・ひろゆき> 1932年、福岡県生まれ。67年に『蒼(あお)ざめた馬を見よ』で直木賞。76年に『青春の門』で吉川英治文学賞。2002年に菊池寛賞。ほかに『朱鷺(とき)の墓』『生きるヒント』『大河の一滴』『親鸞』など著書多数。最新刊に『新 青春の門 第九部 漂流篇』(講談社)。

 

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