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【考える広場】

今、フィギュアスケートは

 冬のスポーツの花、フィギュアスケート。トップ選手では、男子に加えて女子も四回転ジャンプが求められるなど、技の高度化が著しい。一方で、フィギュアには芸術性が欠かせず、スポーツ性とのバランスが問われる。フィギュアの現状と課題について考える。

 <フィギュアのジャンプの進化> かつて最も高難度だったトリプルアクセル(3回転半)は、男子でバーン・テイラー選手(カナダ)が1978年、女子で伊藤みどり選手が88年、初成功。4回転は、男子では90年代から跳ばれるようになり、近年は必須の技に。女子では、安藤美姫選手が2002年に初めて4回転サルコーを跳んだ。18年以降はロシアの選手たちが相次いで成功。日本選手も対応を迫られている。

◆ブームから「文化」へ ソチ五輪男子シングル代表・町田樹さん

町田樹さん

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 私がフィギュアスケートを始めたのは、三歳の頃です。当時住んでいた千葉県松戸市の自宅近くにスケートリンクがあったことがきっかけでした。他のスポーツも行いましたが、フィギュアが一番合っていました。私にとってはですが、フィギュアの魅力は、身体運動でできる表現活動であること。幼少時、シャイだった私が氷上では何でも表現できる、と思えたのです。

 そこから約二十五年間、競技とプロの両活動に取り組みました。プロ引退時、私は「フィギュアスケートをブームから文化へ」という言葉を発信しましたが、私が考える「文化」とは、成熟性と永続性を備える人間の営為です。現在は大学で、フィギュアなどの芸術的なスポーツ文化の発展に寄与できるよう、マネジメントの研究に励んでいます。では「芸術的なスポーツ」とは何でしょうか。

 一般にスポーツは、対戦競技、記録競技、採点競技の三つに分類される傾向にあります。採点競技の中でも、器械体操男子では技の難度と質のみが評価されますが、フィギュアでは技の難度と質の「技術点」に加えて、芸術性も「演技構成点」として評価されます。私は後者、すなわち身体運動の中に音楽を伴った表現行為が介在する競技を「アーティスティックスポーツ」と新たに提唱しています。

 フィギュアの採点については歴史的にも様々な議論があります。審判の評価は尊重されるべきです。ただ、競技会では即時成績を出す必要があり、演技の芸術性を深く解釈し価値づけることには限界があります。実際、たとえ成績が伴わなくとも、見どころのある演技はあります。私はそうした演技を批評によって再評価する活動もしています。やはり「言葉」が必要です。

 今季は三月に世界選手権もあります。日本は男女シングルにしかスポットライトが当てられていませんが、実は今、アイスダンスやペアが顕著な進化を遂げています。これらのカテゴリーでは、極限まで磨き抜かれた高難度の技が、単なる得点稼ぎのツールではなく、まさに表現として昇華され、フィギュアの新たな可能性を提示してくれています。ですから、ご覧になる方には、あらゆる競技の醍醐味(だいごみ)に注目していただきたい。そして「優勝は誰」という見方とともに、ご自身の評価で自由に楽しんでいただけたらと思います。

 (聞き手・増田恵美子)

 <まちだ・たつき> 1990年、神奈川県生まれ。2014年ソチ五輪5位、世界選手権銀。同年末競技、18年プロ引退。慶大・法大非常勤講師。早大大学院博士課程在学中。共著『そこに音楽がある限り』(新書館)。

◆心震わす魔力が不可欠 司会者、エッセイスト・楠田枝里子さん

楠田枝里子さん

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 フィギュアスケートの魅力は高い芸術性が求められるスポーツであること、と考えています。どんなに難しいジャンプを決めても「跳ぶ機械」ではつまらない。そこに豊かな表現力が加わって、見る人の心を震わす魅力がなければ、輝きを放つことはできないのです。

 一九七〇年代の後半、モイセーエワ、ミネンコフ組のアイスダンスを見て衝撃を受けたのがフィギュアスケートを好きになったきっかけです。「ここまで豊かに愛を描き出せるスポーツがあったのか」と、夢中になりました。九〇年代に活躍したボーン、クラーツ組の斬新なアイスダンスにも感嘆しました。

 記憶に新しいところで心打たれた演技としては、羽生結弦選手がエキシビションで披露する「ノッテ・ステラータ(星降る夜)」。サンサーンスの「白鳥」にイタリア語の歌詞を付けた曲で、原曲はバレエの世界では「瀕死(ひんし)の白鳥」として有名です。私は二十世紀最高のバレリーナ、マイヤ・プリセツカヤの白鳥に心酔した世代。羽生選手の衣装もムーブメントもポーズも、それを思い起こさせるものでした。その優雅さ、繊細さ、はかなさは、他の誰にも表現できない、まさに選ばれた人のパフォーマンスと言えるでしょう。

 ハビエル・フェルナンデスの「マラゲーニャ」も印象的でした。彼ほど個性的でチャーミングで、サービス精神があって、感動的なパフォーマンスを見せてくれるスケーターは、なかなかいない。遊び心のあるムーブメントや、工夫を凝らした衣装に加え、スペイン人ならではの情熱的な演出で、私たちを沸かせてくれました。

 今シーズン、フィギュアスケートは、全く新しい時代に突入したと思います。特に女子は、四回転を跳べなければ、上位には食い込めない。ジャンプをうまく跳んで当たり前。美しいパフォーマンスを見せて当たり前。その上で、ぐいぐい見る人を引き寄せる特別な魔力のようなものがないと、抜きんでることができないのです。

 難度の高いジャンプを成功させれば得点が跳ね上がり、失敗すれば大きく減点されるという技術優先の採点法になってしまったことは、とても残念です。私は、技術だけではなく、総合芸術としてのフィギュアスケートを極めるスケーターの躍進を心から期待しています。

 (聞き手・越智俊至)

 <くすた・えりこ> 三重県生まれ。東京理科大卒。主な司会番組に「なるほど!ザ・ワールド」「世界まる見え!テレビ特捜部」など。『ナスカ砂の王国』『チョコレートの奇跡』など著書多数。

◆演技の美、高い評価を ライター・沢田聡子さん

沢田聡子さん

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 今シーズン、女子はロシアの天下。中でもアリョーナ・コストルナヤ選手やアリーナ・ザギトワ選手らを教えているトゥトベリゼ・コーチ門下が強い。

 日本で対抗できるのは、紀平梨花選手。ジャンプの構成はコストルナヤ選手と互角。GOE(出来栄え点)が少し劣っているだけ。完成度を上げて四回転を跳べば勝つ可能性はあります。

 注目の若手は全日本選手権三位の川畑和愛(ともえ)選手です。愛知県生まれの高校生で、まだジュニアですが、才能が開花しつつあります。中学一年の畑崎李果(ももか)選手も将来が楽しみです。

 男子はネーサン・チェン選手(米国)が最強です。学業も優秀で名門エール大に在学。練習時間の確保が難しいはずなのに強さは揺るぎない。羽生結弦選手はチェン選手より五歳上という年齢差は感じますが、プログラムに溶け込むジャンプは絶品。連戦で少し無理をしているのは気掛かりですが。

 宇野昌磨選手はグランプリ(GP)シリーズでは不調でしたが、全日本で優勝。本調子になればチェン、羽生のトップ2を追う存在になれそうです。ほかに、全日本三位の鍵山優真選手、同五位の佐藤駿選手のジュニア勢も期待大です。

 男女ともに四回転の時代に入って、理想のフィギュアがあらためて問われているのではないでしょうか。その点で、GPファイナル女子でコストルナヤ選手が優勝した意味は大きい。彼女はトリプルアクセル(三回転半)は跳びますが、四回転はない。演技構成点と完成度で一位になりました。四回転なしの演技が高く評価されたことは個人的にはほっとしましたし、良かったと思います。

 伊藤みどりさんのトリプルアクセルに代表されるように日本は女子の大技では先駆者でしたが、四回転はやろうとしなかった。そこへロシアが切り込んで、今やリミッター(能力制御)が外れた感があります。その努力は尊敬に値しますが、フィギュアは滑りがきれいで表現力も素晴らしく、作品として美しいのが理想。ジャンプだけではない。

 そう言うと、美の採点は客観性に欠けるのではという疑問を持つ人もいるでしょう。実はフィギュアの審判の方はボランティアとして行っています。待遇を改善する一方、審判の採点の評価制度など資質向上のための措置を講ずるべきだと思います。

 (聞き手・大森雅弥)

 <さわだ・さとこ> 1972年、埼玉県生まれ。早稲田大第一文学部卒業後、97年にライターとして活動開始。主にフィギュアスケートなどの芸術スポーツやアイスホッケーを取材している。

 

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