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【文芸時評】

文芸この1年 佐々木敦さん×安藤礼二さん 対談(下)

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◆反現実的小説の時代(佐々木)

 佐々木 第百五十九回芥川賞の候補作「美しい顔」の問題にも触れたい。東日本大震災で家族を失った少女を主人公にした小説で、ノンフィクション作品との類似表現が問題になりました。デビュー作だった北条裕子に脇が甘いところがあったのは事実。この作家は二作目が書けるかどうかが勝負でしょう。

 安藤 震災を題材にしたのが全ての原因だと思います。歴史を描くか、フィクションを描くか、位置取りが明確でなかった。震災は非常に強いリアルなので、題材にするにはたいへんな覚悟が必要。

 佐々木 確かに、本人も被災地に行かずに書いたと公言していて、盗作疑惑がなくても批判される可能性はありました。ただ、それでも擁護したいと僕が思うのは、あれが新人の第一作だったからです。推測するに、彼女はテレビ報道で震災ポルノ的なものを見て、心の底からムカついたんだと思う。だから主人公の少女はやっぱり作者自身なんです。その個としての切実さは認めたい。

 安藤 でも、震災を文学に利用しては駄目ですよ。確かに、文学作品は究極の反社会性を持たざるを得ないところがある。笙野頼子(しょうのよりこ)の『ウラミズモ奴隷選挙』には、男性の痴漢する自由が、『新潮45』問題の起きる前にパロディー的に嘲笑されています。ただ、彼女は自分が言葉の暴力を行使しているということに自覚的。作家は言葉の暴力にあらがうと同時に、その主体であることを踏まえ、それに伴う責任を引き受けなければいけない。

 佐々木 そうしないと批判する側が批判される側になってしまう。文学がいや応なしに、かつてとは違う形で社会性を獲得した年とも言えます。

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◆言葉の暴力に自覚を(安藤)

 安藤 今の作家たちが未知なるものに挑む力をすごいと思う一方で、どこか既視感もある。例えば人間にとって性的な欲望とは何かという問題。かつては性を正面から描くのがある種の解放でしたが、今はむしろ性の交わりがない中で、どうやってコミュニケーションを取るかという主題が目立ちます。

 佐々木 その問題をはっきりリアルに描いているのが村田沙耶香。性や生殖が人間の営みの基本になっているという人間観自体にノーを突きつけている。『地球星人』というタイトルも秀逸。『殺人出産』『消滅世界』、そして本作と、家族とか人間関係とか、常識だと思われていたことを全部壊していく。一方で、「日本」を徹底的に相対化し、ドメスティックな問題自体を無効化するという立場を取るのが多和田葉子です。『地球にちりばめられて』では、日本という国そのものがなくなっている。

 安藤 多和田と書き方も主題も対極的に見えるのが平野啓一郎の『ある男』。主人公は在日三世の弁護士で、戸籍を交換した男を追ううち、彼自身もアイデンティティーを失っていくという話。ストーリーテラーとしてうまい。多和田作品が外側に開かれているとしたら、平野は内側に同じような問題を追っている気がしました。

 佐々木 『地球に〜』も今までにないほど読みやすい。新たな読者を獲得している。

 安藤 逆に、物語性を一顧だにしていないのが円城塔の『文字渦』と山尾悠子の『飛ぶ孔雀(くじゃく)』。それぞれSFと幻想小説の出身作家が、純文学では思いもつかない異質性を発揮しているのが面白い。

 佐々木 坂口恭平が最近書いているものももう小説と呼んでいいのか分からない。頭の中のすごく過敏なところをどんどん掘り下げた結果、世界の外側に開くみたいな感じ。

 安藤 川上未映子の『ウィステリアと三人の女たち』は、基本的に女性同士の関係性のみを描いた短篇集。表題作は一つも不明瞭な言葉がなく、同時に幻想的で、主人公の悲哀がうまく出ています。朝吹真理子の『TIMELESS』も『地球星人』と同じく、性的なコミュニケーションが取れない男女を描いています。過去の東京の地理を現在と重ね合わせ、場所全体を作品化してくところが面白い。

 佐々木 『TIMELESS』は、やろうとしていることは野心的だが、後半がうまくいっていないと感じました。高山羽根子の『オブジェクタム』を僕は高く評価します。SF出身だが、SF的でもない、新しいタイプの小説と言えるかもしれない。

 安藤 星野智幸の『焔(ほのお)』はディストピア(絶望郷)を描いた連作短篇集ですが、政治的なテーマを「寓意(ぐうい)」と「変身」という軸にうまく落とし込んでいる。最近の星野の発言はストレートすぎる気がしますが、作者の肉声より作品の方が断然強い。

 佐々木 現実の問題を寓話的に処理する小説がすごく増えている。そうしないと、あまりに生々しすぎてきついというのがあるのかもしれないが、問題の提示だけで終わってはならない。

 安藤 保坂和志の『ハレルヤ』は、近年の実験性が最も薄まった書き方ですが、それが逆に人間と猫の種を超えたコミュニケーションを見事に描き切っている。言葉が通じないはずの人間と猫との関係にこそリアルがある。今年の作品を読み直し、みんなが当たり前に思っている世界こそがフィクションで、それを壊すのが小説の役割じゃないか、ということを感じました。

 佐々木 確かに今回挙げた作品を見ると、いわゆるリアリズム小説がほとんどない。現代の文学は、何かしら荒唐無稽で反現実的なものにならざるを得ないという面が出ていますね。 (敬称略)

<ささき・あつし> 1964年生まれ。批評家。著書に『新しい小説のために』『ニッポンの文学』『シチュエーションズ』など。

<あんどう・れいじ> 1967年生まれ。文芸評論家、多摩美術大教授。2015年、『折口信夫』でサントリー学芸賞。近著は『大拙』。

 

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