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【文芸時評】

上田岳弘「ニムロッド」 町屋良平「1R1分34秒」 佐々木敦

 第百六十回芥川賞は、上田岳弘(たかひろ)『ニムロッド』(『群像』12月号)と町屋良平『1R(いちラウンド)1分34秒』(『新潮』11月号)に決まった。どちらもこの欄では取り上げなかったので、今回触れておきたい。

 三度目の候補で栄冠に輝いた上田の『ニムロッド』は、私は会心の出来だと思ったが何故(なぜ)か芥川賞の候補にならなかった秀作『塔と重力』に続く、リアリズム路線の作品である(以前の上田は時空を超える荒唐無稽な設定が多かった)。

 物語の鍵となっているのはビットコイン(仮想通貨)で、インターネットのサーバー保守会社に勤務する中本哲史が、ある日社長からビットコイン採掘(マイニング)の新規事業をたった一人で任されたところから物語は始まる。主人公の名前はビットコインを発明した人物の名前サトシ・ナカモトと同じである。

 ニムロッドとは中本の元同僚、現在は遠方に住む友人のあだ名で、小説家になる夢を抱き続けている。中本の恋人で、過去に別の男との中絶と離婚の経験がある紀子が三人目の登場人物である。中本の物語、中本と紀子の物語、ニムロッドが中本に送ってくる小説の断片が並走しながら話は進んでいく。

 IT企業の役員でもある作者ならではのきわめて現代的な内容だが、三人の間で織りなされるテーマ群は非常に実存的であり、生々しさと切実さがある。上田はデビュー以来、見るからに「新しい文学」を意欲的に書いてきた。それゆえか評価が分かれる面もあったが、遂(つい)に芥川賞作家となり、今後の活躍を期待させる。

 町屋は前回(第百五十九回)『しき』で初めて候補となったのに続く二度目の芥川賞候補での受賞である。「純文学」らしくない題材を進んで扱うことで注目されてきた(たとえば『しき』ではネットの“踊ってみた”動画が物語の中心に置かれている)作家だが、タイトルからもわかるように『1R1分34秒』はボクシング小説である。

 語り手の「ぼく」はデビュー戦をKOで飾って以後、三敗一分、勝ちのないボクサーだが、その理由はというと、彼は試合が決まると対戦相手と親友になっている夢を見るようになるのだ。まずはこのアイデアが秀逸だが、以後もこの小説は、たやすく紋切り型に陥りがちな設定を新鮮な発想ではねのけながら展開していく。

 とにかく理屈っぽくて自意識過剰な「ぼく」はウメキチというトレーナーと出会うことで変わっていくのだが、小説はボクシングという肉体の戦いを描きつつ、「ぼく」とウメキチの思考のやりとりが主眼となっていく。作品数からすると受賞はまだ早いような気もしていたのだが、上田とはまた違ったタイプの「新しい文学」の担い手であることは疑いない。

 「すばるクリティーク賞」が発表された。受賞作は赤井浩太「日本語ラップfeat.平岡正明」(『すばる』2月号)。タイトル通り、先鋭的なジャズ評論家だった平岡正明と、すでに長い歴史を持ち、ヒップホップ/ラップを生んだ国アメリカとはまた異なる進化を遂げていると言ってよい「日本語ラップ」を縦横に掛け合わせてゆくことで、現在の日本におけるオルタナティヴ(既存のものに代わる)な政治性と運動論の契機を見出(みいだ)そうとする、一種の「革命」論である。

 赤井は二十五歳で、この年齢が若いと言えるのかどうかはともかく、文体はやたらと威勢が良い。青臭いと言ってもいいかもしれない。挑発を通り越して悪罵と思えなくもない先行者への批判の舌鋒(ぜっぽう)や、言いっぱなし的な脇の甘さも気にはなる。

 だがしかし、彼は明らかに本物の批評家である。それは結論部分で「おれは日本のラッパーたちが政治的メッセージを曲にしなければならないと言っているのではない。そうではなく、ラッパーたちが(中略)必然的に内包してしまう政治性を、おれたちが発見」することが必要なのだ、と言っていることに端的に示されている。そう、批評とは要するに、そういうことをするものなのだ。次は是非(ぜひ)、この礼儀知らずの態度のままで「文学」論を書いてほしい。

 (ささき・あつし=批評家)

 

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