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【文芸時評】

「平成論」が続々と にじみ出る「過渡期」感 佐々木敦

 いよいよ文芸誌の世界でも平成の終わりが始まった。今月はまず『文学界』3月号に「シリーズ『平成考』3」として哲学者の千葉雅也による論考「平成の身体」が載っている。千葉は一九七八年、昭和五十三年生まれ。彼は「昭和末期の約十年間、すなわちバブルの八〇年代に幼稚園から小学校の時期をすごし」た自分の「身体」には「平成的な軽さ」よりも「昭和的な重さ」があると言う。とはいえ彼の人生の大半は平成だったわけで、つまり千葉の世代は「昭和的」から「平成的」への過渡的な存在なのだ。

 千葉は自分は「重さの残滓(ざんし)を抱え込みながら、それに足を取られることもありながら、軽薄化の享楽を生きてきた」のだと続ける。そして千葉は、平成という時代を「インターネット以前/以後」に分割し、彼の世代はその意味においても過渡的だったのだと述べる。このように自分自身の半生と重ね合わせながら、千葉は主にマンガやゲームなどのサブカルチャーの平成という時代を通した変質と、その背景となる、もっと深い次元での「身体/性」の変容を、エッセイと批評の混交のような柔軟な文章で語っていく。

 最終的に彼が「平成の身体」に与える定義は「資本主義的無意味とは『別の無意味』に依拠する身体」というものである。資本主義は加速に加速を重ねて遂(つい)に「無意味」へと突破したが、それとは異なる、より「意味がない無意味」(これは千葉の論集の題名でもある)にこそ「平成」の可能性があったのではないか、と千葉は主張する。

 これに合わせるように『すばる』3月号が「平成とカルチャー」と銘打った小特集を組んでいる。倉本さおりの少年ジャンプ論、清田隆之のさくらももこ論、矢野利裕の小室哲哉論。

 三人とも千葉より若いが昭和生まれであり、結果としてやはり「過渡期」感が滲出(しんしゅつ)している。この中では小室がもっとも「平成的」だと私は思うが、そもそも平成は三十年もあるのだから一点に的を絞って論じるのはむつかしいのではないか。

◆小説家しか書けぬ批評 古川日出男「三たび文学に−」

 『新潮』3月号に古川日出男が「三たび文学に着陸する」を発表している。三たび、の意味は副題で説明される。「古事記・銀河鉄道の夜・豊饒の海」。これは小説家にしか書けない想像的/創造的な文芸批評であり、古川にしか書けない大胆な洞察と張り詰めた文体による文芸批評である。三たび問われる問いは、それぞれに巨大かつ複雑な三つの作品は、何故そのように書かれなくてはならなかったのか、という問いである。古川は三つの、しかし煎じ詰めれば一つの問いに答えるべく、いわばそれらを書き直してみせる。書き直すことによって読み直そうとする。小説家にしか書けない、というのは、そういう意味である。しかし自らも巨大かつ複雑な小説を次々と書き続けながら戯曲や評論まで発表してしまう古川のエネルギーには今更ながら感嘆せざるを得ない。これは欲望というよりも使命感の賜物(たまもの)だと私には思える。何による使命か、これはもう「文学」の、としか言いようがない。

 これに合わせるように『すばる』3月号が「古川日出男、最初の20年」という記事を組んでいる。昨年、古川の作家生活二十周年を記念して明治大学でシンポジウムが開催された。その時の登壇者を中心に、管啓次郎、柴田元幸、マイケル・エメリック、小澤英実、谷崎由依、波戸岡景太、河合宏樹など総勢十二人が寄稿している。

 演劇にも造詣が深い英文学者の小澤による古川戯曲の分析、「ある夜、私は古川日出男氏がノーベル文学賞を受賞するという夢を見た」という印象的な一文から始まる、古川の『ベルカ、吠えないのか?』の英訳者でもあるエメリックのエッセイが特に面白かった。

 ノーベル文学賞作家オルハン・パムクの翻訳で知られるトルコ文学者の宮下遼の「青痣」(『群像』3月号)で、妊婦の「私」は、幼い少女トウコだった頃の母親との暮らしと、ある出来事を回想する。舞台は日本だが、不思議な異国情緒を感じる佳品である。

 (ささき・あつし=批評家)

 

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