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【文芸時評】

文芸この1年 佐々木敦さん×江南亜美子さん対談(上)

文芸界の一年を振り返る批評家の佐々木敦さん(左)と書評家の江南亜美子さん=東京都千代田区で

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 年末恒例の対談「文芸この1年」をお届けします。本紙で文芸時評を執筆している批評家の佐々木敦さんと、書評家の江南亜美子さんが二〇一九年の文学について活発な議論を交わしました。(文中敬称略)

 江南 今年を振り返り、翻訳小説がこれほど話題になった年は近年なかったと思う。特に東アジアの作家がメジャーな場で語られたのが大きな特徴。ブームになったチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』が牽引(けんいん)し、韓国の現代文学が数多く邦訳された。SFでは中国の劉慈欣(りゅうじきん)『三体』もすごく売れた。

 佐々木 確かに欧米の小説はどこか異国の話という感じがあるのに対し、アジアの隣国の話は日本の問題にスライドできることが多い。

 江南 韓国の女性文学がこれだけ読まれたのは、欧米的なウーマンリブに比べて、日本の女性読者の「これは自分たちのことなんだ」というシンパシーが発動したから。家父長制という共通点がある。

 佐々木 #MeToo運動にリンクする形でフェミニズムが注目され、そこに日韓関係の問題がクロスした時、『キム・ジヨン』がコンパクトで読みやすい本として起爆剤になった。従来の「文学」は、その時代の社会と直接的にシンクロするよりも、個人の内面や自我を描くことが多かったが、その傾向が変わってきた。社会的・政治的な問題が「文学」の中にもいよいよ入ってきたという感じがある。

 江南 韓国の作家はセウォル号事故や経済をめぐる政府の失策なども積極的に主題化する。その態度が輸入されたのかも。

 佐々木 今年の文芸誌の中で、圧倒的に話題をさらった『文藝』秋季号の特集タイトルも「韓国・フェミニズム・日本」だった。編集長交代で方針が大きく変わり、もともと本を読む人だけでなく、全然違う読者層を開拓した。近年の文芸誌ではあまり起きない出来事だった。

 江南 これまでも文芸誌が有名なアーティストにエッセーや小説を書かせることはあったが、結局、個人の人気頼みだった。『文藝』は例えば音楽にしか興味がないような人を引き込み、ドカンと文学を与えた功績がある。

 佐々木 江南さんが今年の十冊に選んだペク・スリン『惨憺(さんたん)たる光』を出した書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)は、今年休刊した文芸誌『たべるのがおそい』の版元だが、ずいぶん前から韓国文学を意欲的に出していた。他にもクオンなど、中小出版社が掘り起こしてきた土壌があって、花が開いた面がある。数多くの韓国の女性作家から、ペクを選んだ理由は?

◆普遍的な痛み、希望

 江南 女性の連帯をうまく作れたのが『キム・ジヨン』なら、その後は何かと考えた。ペクは、韓国の外に住む韓国系の人々、つまり移民を描く。主題はより世界に開かれ、彼らの痛みや希望のありかたは普遍性を帯びる。内面や痛覚の表出がワールドクラスにうまいのはハン・ガンで、日本でも彼女の評価は高まっている。

 佐々木 ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』も話題になった。数奇な人生を歩んだ女性のライフストーリーで、精巧にできた短編集。これも女性性への関心の高まりの一環だと思う。二〇一〇年代に、かろうじて起きた最大の文学的事件は又吉直樹『火花』と村田沙耶香『コンビニ人間』のヒットだと思うが、それは作家や作品レベルでの注目だった。一連の動きとしてこれだけ話題になったのは初めてでは。ただ、一過性のブームになるのではという懸念もある。二〇年代以降もごく普通の出版文化として位置づけられるよう、うまくつなげてほしい。

 江南 ブームという指摘がある一方で、それは、読者の土壌を耕してくれた。古谷田奈月『神前酔狂宴』は、結婚式の茶番性をスピード感を持って描いた小説で、パターナリズム(父権主義)の欺瞞(ぎまん)を暴くんだというテーマも読み解ける。川上未映子『夏物語』も、出産によって女性にばかり負荷がかかっている現状を根源的に問い直し、子どもを産むことの意味、不可逆的な生の恐ろしさへと立ち返る作品。小説を通じて、新しい視座を得る読者が男女問わずいるはずだ。そうした読者が生まれることは、今後の文芸界の大きな財産になる。

◆阿部和重の集大成

 佐々木 個々の作品では、偶然とはいえ川上の『夏物語』と阿部和重『オーガ(ニ)ズム』という文壇を代表する夫婦の大作が前後して刊行されたことを筆頭に挙げたい。どちらも集大成といえる作品。阿部は(出身地の)山形・神町(じんまち)を舞台にした「神町トリロジー」を完結させた。

 江南 二十年かけて一つの作品ができあがった感動がある。虚と実をまじえ、広げに広げた大風呂敷が見事に収斂(しゅうれん)する、めくるめく読書体験。このスケール感は体験すべきだ。

 佐々木 阿部は日本文学の最高峰の一人だが、もっと広い読者に理解してほしいという意思を文体レベルで感じた。この二十年に彼が書いた作品は、ほぼ全て「神町」という土地でつながっているが、その最後の作品が最も読みやすく、エンタメ的だったということは重要な意味を持つ。

 江南 阿部と上田岳弘には共通点がないか。人類がこの後どうなるのかとか、半分ほら話なんだけど、射程がものすごく長い話を描く。上田の『キュー』は人類史を踏まえ、世界の成り立ちや人類としての要件を、俺が書き切るんだという熱量を感じた。

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