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【文芸時評】

文芸この1年 佐々木敦さん×江南亜美子さん対談(下)

江南亜美子さん

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 佐々木 地球や人類レベルの問題をどう書くかという意味で、「世界文学」という言葉が使われるようになった。

 江南 リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』は、人類すら超越した世界を描く。ミシェル・ウエルベック『セロトニン』はグローバル企業が人の心を殺す。

 佐々木 女性やアジア人種への蔑視とも取られかねない独特の視線を含め、ウエルベックの小説や登場人物の持つ心性が許し難いとの意見もある。なのに日本でも人気で、そのねじれに興味があった。

 江南 ウエルベック作品は必ず、欧州的な価値観で動く白人男性が主人公。でも彼の絶望を、アジアの女性である自分も共有できてしまう。属する国や民族を超えて、近代の終わりに生きる人類という共通点があるからなのか。

◆脱人類という視点

 佐々木 脱人類、ポストヒューマンという視点も、いろんな文脈で出てくるようになった。そこで名前が挙がるのが村田沙耶香。これまでも『殺人出産』『地球星人』などで、人間が人間であるギリギリの紐帯(ちゅうたい)を切ったらどうなるかという実験をやってきたが、短編集『生命式』でも相当多くの人が受け入れ難いような倫理観や人間観というものを描いている。にもかかわらず、かなり大きな支持を得るという現象も興味深い。

 江南 村田は「今あなたが持っている価値観はどこから来たのか」ということを常に問う人。「人間が空気読んで中道に、中庸に生きてどうする」「もっと野性を持て」というメッセージを感じる。

 佐々木 僕が千葉雅也『デッドライン』、江南さんがミヤギフトシ『ディスタント』を今年の十冊に挙げている。ある意味、好対照の作品。かたや哲学者、かたやアーティストの初の小説で、セクシャリティーの題材も絡む。

 江南 千葉は理解してくれるなという拒絶の切実さをキレのある言葉で描く。一方で、自己言及的で読者の誤読を許さない生硬さもある。同性愛者の性愛が徹底してあからさまに描かれるのも特徴。ミヤギは感情の揺れをひたすら繊細に描く。ともに青春小説だ。

 佐々木 千葉は文体への意識が高い書き手。論文を書くように精巧につくりあげている部分と、繊細で個人的な感情が一つになっている。デビュー作として非常にすばらしい。芥川賞候補にもなっている。本業はあくまで哲学者だろうが、これからも書いてほしい。それにしても一九九〇年代以降、異業種からの文学への参入が増えた。

 江南 演劇界出身者がひとわたり。その次は学者。社会学者の岸政彦の『図書室』も良かった。

 佐々木 海外文学の盛り上がりに関しては、翻訳の数もクオリティーも上がっている。前出の『オーバーストーリー』も、訳者の木原善彦さんの活躍がすごい。

 江南 端的に言えば「アマゾンの森林が全て燃えたら人間は生きていけない」という価値観の転換が描かれる。森林を大事にというメッセージを臆面もなく書いて、しかも小説として完璧。今読まなければいつ読むのか。この百数十年、地球に悪影響を及ぼしてきた人間中心主義ではなく、樹木から世界を見る視座を明確に与えてくれた。

 佐々木 従来のパワーズ作品はもっと構造が複雑で実験的だったが、今回はすごく読みやすい。彼の持つ小説的な技術よりも、伝えたいテーマが上位に来た感じがある。

 江南 小説には啓蒙(けいもう)の力がある。ダイレクトなメッセージでは伝わらず、小説を読まないと気づけないことがある。今回挙がった『オーバーストーリー』『セロトニン』『オーガ(ニ)ズム』『キュー』『夏物語』、すべてに通じる。叙述のテクニックと大きなテーマがあれば、ここまで人の心を動かせる。

 佐々木 日本文学でもそういう作品がもっと出てくるといい。新人賞の傾向も変わってくるかも。

佐々木敦さん

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◆テーマなくてもいい

 江南 ただ、それはちょっと怖いことで、書き手個人に書くべきテーマなどなくても小説は成立すると改めて言いたい。小説のキャパシティーは広いものだ。

 佐々木 確かにこの十年、現政権批判の日本の小説が多く、刺さるものもあるが、ストレートすぎるとも思う。メッセージだけでもだめ、でも全くないのがいいわけでもない。日本文学も変化せざるを得ないし、今後良い形になってくれればと思う。

 江南 桐野夏生、高村薫ら、社会で起きた事件を基に小説を書き、問題提起してきたのは直木賞作家が多かった。前回、直木賞候補が全員女性になったが、その作風は多種多様。芥川賞作家が、現実社会を分析的、予見的に書くとどうなるかは興味深い。

 佐々木 ネット関連の話も言っておかないと。青木淳悟『激越!! プロ野球県聞録』は、単行本にならないので、著者自身の働き掛けで電子書籍化された。紙の本にならない、あるいは最初から目指さない文芸は今後も増えていく。電子書籍には発行部数のような指標がないが、文学には閲覧数とは別の価値がある。

 江南 小説に「効率性」を導入した瞬間に「死ぬ」ということはある。今年はあいちトリエンナーレの補助金不交付問題があり、アートの価値と大衆からの人気についていろいろ考えた。文学にも補助金を、と簡単には言えないが、模索は続くだろう。

 佐々木 出版状況が縮小・変質していく中で、今後も「文学」という特殊ジャンルが生き残ってほしいし、二〇二〇年代に新しい作家や作品が出てくることを期待したい。悲観材料も多いが、希望を持ちたい。

 江南 小説が、個人で黙読するものから、みんなで語り合える「開かれた体験」になる可能性を少し感じた。韓国文学のブームに、作家の来日イベント開催の多さは寄与した。読み手が肉体を持った気がする。同時に、何を指針に読めばいいのか、レビューの重要性が今後増していくと感じる。(敬称略)

<えなみ・あみこ> 1975年生まれ。書評家。近畿大学などで非常勤講師。共著に『世界の8大文学賞』など。

<ささき・あつし> 1964年生まれ。批評家。近著に『私は小説である』『この映画を視ているのは誰か?』など。

 

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