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【論壇時評】

「八紘一宇」避けるには 天皇制と民主主義 中島岳志

 天皇の代替わりを前にして、論壇誌やWEB、書籍で多くの天皇論が出された。大澤真幸は『ジャーナリズム』4月号(朝日新聞出版)に掲載した「天皇制の謎と民主主義 『基盤装置』の危うい未来」の中で、天皇制こそ民主主義が可能となる最小限の条件を整えたと指摘する。

 民主制は、人々が選挙結果に縛られるという前提を共有しなければならない。「民主的な選挙は、最も基本的なレベルで合意がある者の間でのみ、たとえば基本的な信念や価値観を共有している者の間でのみ、うまく働く」

 世界中で国民の分断が深刻化し、民主主義の前提となる基本的な合意が崩壊しつつある中、「日本は、ここまで深刻な民主主義の危機に至らずに済んでいる」。その有力な原因のひとつは天皇制である。天皇を承認し、天皇制を維持しているということが、日本国民の基本的な合意を構成している。「天皇制とは、何か積極的な理念やイデオロギーへの合意ではなく、何であれ我々がすでに合意しているということへの合意、合意が可能であることへの合意である」

 確かに、日本の民主制は、初期段階から天皇の存在が基礎的要件となってきた。明治国家の国体は「一君万民」とされ、天皇の超越的地位を認めることによって、国民の平等性を定位してきた。天皇以外はただの人間という前提が、将軍や大名のレジティマシー(正統性)をはく奪し、疑似的な民主制を作り上げることに寄与した。ただし、この戦前的な民主制は、天皇に与えられた「大権」が軍部に利用されることで、崩壊する。

 戦後民主主義は、天皇から政治的「大権」をはく奪し、象徴という地位を付与した。これによって、天皇の存在はネイション(国民)という想像上の共同体が共有する物語となり、民主制の基盤を構成するメタ合意(合意しているということへの合意)となった。

 しかし、この「合意」は、今後大きな限界にぶつかると、大澤は指摘する。それは移民問題である。私たちは、様々な出自の人たちを、日本人として受け入れる必要性に迫られる。その時、天皇はこの国の新たな民主制の「障害物」になりうる。純血の日本人というフィクションを共有しない人たちにとって、天皇制は日本人という枠組みから締め出す力学として機能する。「天皇制は連帯のための装置ではなく、亀裂を確認するための装置となりうる」

 戦前期の日本は、多民族を包摂する「八紘一宇(はっこういちう)」という理念を振りかざした。天皇に民族を超えた普遍的位置づけを与え、天皇による世界統一を目指した。この二の舞いは何としても避けなければならない。

 明仁天皇は、その思慮深さと弱者への温かいまなざしによって、国民からの絶大な支持を獲得してきた。明仁天皇による「象徴天皇」のあり方の模索は、時に被災地で跪(ひざまず)く姿となって表れ、不安に苦しむ人たちに力を与えた。このような姿がエスニシティ(民族性)や人種を乗り越える可能性は大いにある。

 しかし、天皇個人の能力に依存するあり方には大きな限界がある。半藤一利・保阪正康・井上亮(まこと)の鼎談(ていだん)『平成と天皇』(大和書房)の中で、井上は世襲制の問題を指摘し、「ものすごく能力がある天皇がいて、それが賞賛されて、こういう天皇であるべきだという意見が支配的になっていくことは、ある意味では危うい」と言う。その通りだろう。

 天皇および皇室に対して、常に高潔な人物であることを強いる制度にも、問題がある。大塚英志が『感情天皇論』(ちくま新書)で指摘するように、天皇の仕事は究極の「感情労働」である。天皇は常に感情をコントロールし、適切な態度をとり続けなければならない。旅客機の客室乗務員や看護師などの「感情労働」によるメンタルヘルスの不調が社会問題化する中、皇室にかかるストレスの問題にも目を向けなければならない。

 私たちは、次の時代の天皇制のあり方を、常に模索し続けなければならない。時代と呼応しながら、永遠の微調整を続けていく意思こそが、天皇制を維持する最大の基盤となるのだろう。

 また、新しい時代が始まる。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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