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【経済】

対談(上) ノーベル化学賞・吉野彰さん × トヨタ・豊田章男社長

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 昨年のノーベル化学賞を受賞した名城大教授で旭化成名誉フェローの吉野彰さん(72)と、トヨタ自動車の豊田章男社長(63)が、二月中旬にトヨタの東京本社で向き合った。「リチウムイオン電池の父」と呼ばれる企業内研究者と、「百年に一度の変革期」と語る大企業の経営者。相反するような二人だが、未来を見つめる目は同じ。本紙では二回に分けて、その内容を詳報する。

◆日本の競争力

 以前から吉野さんは、豊田社長に会いたいと話していた。

 吉野 特にこの二年ぐらいかな、章男社長のいろいろなインタビューを聞いて、非常に危機感を持っておられるなとひしひし感じます。この一年は、トヨタの自社制作メディア「トヨタイムズ」で編集長に扮(ふん)する香川照之さんを見た時、ショックを受けました。

 豊田 ショックですか。

 吉野 一体、何なんだろうと。誰が何のためにやっているのかと驚き、関心もあった。章男社長がどなたかに何かを言いたいのだろうなと思いましてね。世界へのメッセージではなく、トヨタ全社員に向けたものじゃないかなと。

 豊田 おー、ドンピシャです。最終手段、外の電波を使って社内メッセージです、ははは(笑)。本当の狙いは、何を言っても社内がなかなか理解してくれないんですよね。それで世間の理解度と社内の理解度とのギャップをより明らかにしようということで、トヨタイムズをやりだしたんですが、ますますギャップが開いて。ちょっと悲しい思いをしているんです最近。

 吉野 はっはっは(笑)。業績の良い時にそういうことをやっておかないと、業績が悪くなったらできないですからね。正直これだけの危機感を持っておられることは非常にすばらしい、敬服します。ただかたや、御社の中で日銭を苦労しながら稼いでいる方がいるわけですよね。そこのギャップは大変ですね。

 豊田 大変です。

 研究者と経営者。それぞれの立場で考える日本の競争力。

 豊田 日本が先行していたものがありましたが、今は遅れ始めている。完全に遅れないためには何をするべきでしょうか。

 吉野 確かにテレビやスマートフォン、パソコンは衰退していっている。アセンブリー(組み立て)的な部分は、過去は世界一位だったかもしれないが、今はかなり抜かれた印象はある。かたや、スマホの中の基幹部品、基幹材料は結構強い。問題は川下だと思うんです。日本は米国のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のような産業がない。

 豊田 ないですね。

 吉野 せっかく川上が強い時に、川下も両立したら強いと思う。日本も、J−GAFAぐらいの会社があるといい。川上はこれからも優位さは保っていくと思うんですが、片足ですと次の商品開発の方向性も見えてこないでしょう。

 ここでマスタードライバーの肩書を持つ豊田社長が、気になっていた質問を。

 豊田 車は好きですか。

 吉野 ちっちゃな車のアクアを使わせていただいていますが、稼働率は1%もないぐらい。

 豊田 そうですか、リチウムイオン電池だから、違う会社のじゃないかなとか思いましたが、ありがとうございます。アクアは、東日本大震災後の東北復興の旗印として、世界で唯一、東北の工場だけで造っています。

◆外の世界

 変革期に必要なものは何か。後輩に「外を見なさい」と指導する吉野さんに対し、豊田社長は若手のベンチャー出向をはじめとする風土改革に着手。二人が重んじるのは「外の世界」。

 吉野 研究者は外から自分を客観的に見ることが重要。どうしても、自分の研究は一番だと思い込むわけです。研究の失敗の大部分はその辺から来ます。第三者的な視点だと、本当に正しい方向か、別の道があるかが見えてくる。十年後の仮説を立て、世界がこうなるなら、今、自分は何をやらないといけないか。まさに好奇心です。

 豊田 トヨタは仕事が細分化して、みんなパーツでしか見ていない。ゾウなら、足、鼻、耳、しっぽ。それぞれで全然、感覚が違う。成長の時代は良かったが、今はゾウ自体の体質変化を求められている。規模の小さい会社で全体を見れば、ゾウが見られるようになるのでは。これは会社の責任で、武者修行に行きなさいと言い始めました。

 吉野 縦割り組織は良い面もありますが、結果的に効率が悪い。全体のことを考えていないんですよね。

 吉野さんは研究者が輝く年代を「三十代半ば」と言う。サラリーマン研究者として、企業の利益と自己実現を両立させる「第二の吉野」をいかに生み出していくか。

 吉野 十五年後の自分を考えてこの道が正解だと思っても、上司に逆らったら損だというケースがあります。今日の損得勘定より、ロングレンジ(長期視点)の方が得です。(そのための原動力は)ある時期から私利私欲がなくなったことですね。

 豊田 共感します。では、三十五歳ごろまでにどういう経験を積ませれば良いですか。

 吉野 ノーベル賞受賞者がその研究を始めた平均年齢は昨年時点で三六・八歳だと思います。入社して十年である程度、社会の仕組みが分かり、権限も出てくる。ここで一発チャレンジして失敗しても、もう一回、リカバーのチャンスがある。それまでにエネルギーをためなさいよと。勉強も、経験も。

 豊田 (そのころ私は)業務改善支援室でした。この名前(豊田姓)で入社していますから、アンタッチャブル(触れることができない存在)にされていました。当時は父(章一郎氏)が社長で、変に近づけばおべっかを使った、いじめればおやじにチクるんじゃないかと。一番良いのは私とかかわりを持たない。そうなると、自分の存在感って一体なんなんだろうなと。生きている証しになるようなことをしたいと思っていたのが、三十〜四十代にかけてだと思います。

 吉野 私利私欲がなくなったのはリチウムイオン電池の研究を始めた三十二、三十三歳のころかもしれない。旭化成に入社して配属された子会社がある日突然、なくなりました。だいたい道が決まり「あの人についていけば良い」と思っていたが、いきなり、寒空に放り出され、たくましくなりました。

 豊田 私が社長に就任した時はとんでもない赤字。それから(米国の)品質問題。社長は一年もたなかったと思いました。周りはお手並み拝見、早く退場を、というムードで。ところが、品質問題が起こった時、初めて会社の役に立てるかもしれないなと思った。(米国の公聴会は)しんがり役であることへの喜びを感じました。自分は唯一の責任者だと。自分が責任を取れば、いろいろなことにチャレンジできると、その瞬間にシフトしました。

 吉野 よく分かります。

 豊田 解答がある決断が続く時代なら私よりも上手にやる人はたくさんいる。でも、解答がないが故に、責任者だと世間が認める私が決めれば、周囲はロングターム・コミットメント(長期的責任)と見てくれます。

 吉野 ただ、トヨタほどの大組織を動かすのは大変ですよ。

 豊田 大変です。かつての成功物語が多いので。それでも、ロングタームの軸はぶれさせたくない。やっぱり新しいことは(なかなか)収益を生みません。でも、今、やればトヨタの十年後は間違いなく変わってきます。

 ◇ 

 次回は、IT革命がもたらす車の未来について語り合います。

<よしの・あきら> 旭化成名誉フェロー、名城大教授。京都大時代には考古学研究会に所属し、遺跡の発掘や保存運動に熱中し、妻久美子さんとも出会う。今も歴史の本やテレビ番組を見るのが好き。週末には近所の人たちとテニスを楽しむ。名古屋めしでお気に入りは、手羽先。72歳。

<とよだ・あきお> トヨタ自動車社長。トヨタグループ創始者の豊田佐吉から4代目。開発車を最終チェックするマスタードライバーで、「モリゾウ」の名でレースにも出場する。好物はオムライスとギョーザ。最近はグリーンカレーにはまっている。大学生時代はホッケー日本代表に選ばれた。63歳。

 

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