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【放送芸能】

メリーさんの手紙 見いだすメッセージ 五大路子が来月 一人芝居「横浜ローザ」

公演ポスターの前でメリーさん愛用のカップを手に思いを語る五大路子=横浜市港北区で

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 戦後の横浜で、娼婦(しょうふ)として街頭に立ち続けた伝説の女性「ハマのメリーさん」をモチーフにした一人芝居「横浜ローザ」を1996年から演じ、ライフワークにしている女優の五大路子が今年の公演開幕を5月末に控え、メリーさん直筆の手紙を見つけた。文面からは聡明(そうめい)で思いやりのある人物像が浮かび上がる。令和を目前に控えた今、昭和と平成に生きたメリーさんと向き合う五大は「何があっても生き抜くという彼女のメッセージを伝えたい」と意気込む。 (立尾良二)

 メリーさんは進駐軍の高級将校を相手にしたとされ、実名さえほとんど誰も知らない。老いてホームレスになっても、真っ白に化粧した顔と白いドレス姿で街に立っていた。馬車道や伊勢佐木町周辺の商店主らは、荷物を預かったりコーヒーを出したりして彼女を温かく見守った。1995年に病気で倒れ、2005年に84歳で亡くなった。

 公演準備の過程で、五大はメリーさんと親しかったシャンソン歌手の故永登元次郎(ながとがんじろう)の衣装箱の中に手紙3通を偶然見つけた。入居先の老人ホームからメリーさんが、元次郎に宛てたものだった。いずれも「御免下さいませ」で始まり「かしこ」で締められている。「新緑の陰から緑濃く成(な)って参りました。其(その)後、横浜の港町如何(いかが)御発展致していますか」と文学的表現と知性あふれる言葉遣いでしたためられている。

 元次郎がホームに送った菓子などに丁寧に礼を記し「お許しが有(あり)ましたならば宜(よろ)しく横浜の御地に帰ってみます。その時には懐かしの御皆々様、御無事で励みに成っていて下さいませ」と横浜への“望郷の念”をつづり、自身は横浜に成長させてもらって感謝していると書いた。

 元次郎が04年3月に死去する直前の1月に送った手紙には「どんな事が有っても御健康が一番大切ですから、良く御充分(じゅうぶん)に御気を付け遊ばしませ。(中略)園長様はじめ職員の皆様(みなさま)また園生一同の皆々様から元次郎先生の御元気で御活躍遊ばします事をお祈り申し上げてゐます」と病状を気遣っていた。

 手紙を読んだ五大は「本当に驚いた。品格があり凜(りん)としている。頭がいい人だったとよく分かる。これまでは戦争の陰の犠牲者という印象が強かったが、時代にただ翻弄(ほんろう)された人ではなかった。自分を見据え、しっかりと生きていこうと考えていらした」と話す。

 “新発見”を踏まえた今年の舞台について、「変わりますよ。新時代の幕開けの今こそ、厳しい時も生き抜いた強い女性がいたことを知ってほしい。メリーさんは今でもメッセージを送り続けていると思う。生きるということは何か、答えを探す旅を続けていきたい」と抱負を語った。

      ◇

 公演は5月31日〜6月4日、横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホール(横浜市中区)。開演は初日が午後6時、ほかは同2時。スペシャルゲストにフルート奏者杉山葉子。問い合わせは横浜夢座事務局=(電)045・661・0623。

メリーさんが送った手紙

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◆戦争犠牲者の思い語り継ぐ

<横浜ローザ> 女優の五大路子が横浜市内で見かけた「ハマのメリーさん」に強く惹(ひ)かれ、関係者を5年にわたり取材。故杉山義法が脚本を書き、1996年から毎年上演している一人芝居。2015年には米ニューヨークでも公演した。モデルはメリーさんだが、彼女の目を通して大勢の戦争犠牲者の叫びや思いを語り継ぐ。五大はメリーさんに一度会い舞台化の話をしたが、本人は初演前に横浜を去り、舞台を見ることはなかった。メリーさんをテーマにした作品にはカメラマン森日出夫の写真集「PASS−ハマのメリーさん」、中村高寛(たかゆき)監督のドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」もある。

1989年当時のメリーさん(五大提供)

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