東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 放送芸能 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【放送芸能】

「いだてん」見てます 実は傑作 ドラマは佳境、最終コーナーに

「いだてん」主演の中村勘九郎(左)と阿部サダヲ=東京・渋谷のNHK放送センターで

写真

 日本人選手が初めて出場した一九一二年から六四年東京大会の実現まで、激動の時代とともに歩んだ知られざる日本の五輪史を描くNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)」が最終コーナーに入った。視聴率の低迷、相次ぐ出演者の不祥事など“負の連鎖”が続くが、「実は傑作だ!」という視聴者も多い。毎回欠かさず楽しんでいるという識者や「通」に、プレゼンテーションしてもらった。 (竹島勇)

◆低視聴率、不祥事続きで失速も…

 「いだてん〜東京オリムピック噺」 一九一二年ストックホルム大会で、日本の五輪選手の先駆けとなったマラソンの金栗四三(かなくりしそう)(中村勘九郎)と、六四年東京五輪の実現に尽力した田畑政治(たばたまさじ)(阿部サダヲ)の人生を中心に描く。ビートたけしが落語家の古今亭志ん生役で、狂言回しを務める。脚本は宮藤官九郎のオリジナル。全四十七回で最終回は十二月十五日。

 大河ドラマは10%以上の視聴率が当然視されてきたが、二月十日放送の第六話で9・9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区。以下同じ)と“一ケタ”に転落。その後、二ケタに回復していない。「時代が行ったり来たりしていて分かりづらい」という声もあった。十月十三日は、日本テレビがラグビーワールドカップの日本対スコットランド戦を中継した影響もあり、3・7%と大河史上最低を記録した。

 足袋職人役のピエール瀧が三月、関東信越厚生局麻薬取締部に麻薬取締法違反の疑いで逮捕(七月に有罪判決が確定)、代役を立て収録し直した。東京五輪で優勝した女子バレーボールの大松博文監督役で今月三日から出演予定だった徳井義実が、経営する個人会社の所得の申告漏れを東京国税局から指摘された問題で、編集上の処置を余儀なくされるなど不祥事も重なった。

◆国からの自由描く 早稲田大文学学術院教授・演劇博物館長・岡室美奈子

写真

 五輪とは何か、スポーツとは何かといった本質的なところを描いてきた。国際政治や戦争、国家から自由になれるかを明らかに意識していますね。

 嘉納治五郎(役所広司)は「それ楽しいの?」と問い、鍛錬や五輪が国家のためにあるのではないと強調しました。しかし、戦中に五輪を返上するころから国家に取り込まれていったのは見ていてつらかったなあ。

 後半の主役で、五輪招致に張り切る田畑は嘉納の精神を継承しているんですね。五輪を国威発揚の場とする考えからいかに自由になるかは大きなテーマ。その意味で金栗、田畑、嘉納や選手たちの繊細な心理描写には毎回泣かされてます。

 時代が行きつ戻りつする構成や、通常の歴史ものの大河でないことで、従来の視聴者が離れたことは理解できます。でも、五輪で名を残せなかった人や庶民を描く姿勢など、素晴らしい大河だとみています。

 ドラマは六四年東京大会の準備段階に入りました。政治家も登場します。来年の五輪に向け、政府などから圧力めいた声が出てくるかもしれません。私たちがどう五輪を迎えるべきか参考になるでしょう。 (談)

五輪に政治や戦争を持ち込ませないように描かれた嘉納治五郎(役所広司)

写真

◆落語通も楽しめる コラムニスト・堀井 憲一郎

写真

 落語のネタ、噺(はなし)家のエピソードが満載。落語の知識があると楽しめます。だって本来、五輪には無関係の大名人の古今亭志ん生が語りを担うばかりか、笑いや時代描写の場面まで担うんだから。さすが落語好きで知られる宮藤さんの脚本だよね。

 マラソン走者が腹を押さえて『痛い』じゃなく『腹が減りました』というのも落語のネタ。でもせりふでフォローしない。分かる人が笑ってくれりゃいいという遊び心を感じます。

 初回に志ん生の弟子になった五りん(神木隆之介)の父親が書いた志ん生の「富久」をほめたはがきを持っていた。これは伏線で、父親は金栗の教え子の選手。出兵先の満州(現中国東北部)で、偶然志ん生の命を救ったシーンが10月に放送されましたね。この時の三遊亭円生を中村七之助が演じてました。「〜でげす」なんて言葉遣いやたたずまいが、きっと若いころはこうだったんだろうと思い、大笑いしました。

 今後の展開は五輪開催に向けて凝縮され、濃厚な内容になるはず。病気で倒れた志ん生の描き方も含め、今から見始めても楽しめると思います。お薦めですね。 (談)

古今亭志ん生(ビートたけし)

写真

◆選手の心を思う スポーツジャーナリスト・元五輪マラソン代表選手・増田明美

写真

 やっぱり主役のマラソン選手の金栗や人見絹枝(菅原小春)ら、アスリートの気持ちや戦いぶり、五輪の在り方に関心が向きます。

 私は一九八四年のロサンゼルス大会で女子マラソンに出場しましたが、ストックホルム大会での金栗と同じように暑さ対策に失敗して体調を崩し、途中棄権してしまいました。

 男子の瀬古利彦さんになぞらえて「女瀬古」などと呼ばれて、国民の金メダルへの期待を強く感じていました。当時の壮行会では、「日の丸を背負って」と鼓舞され、プレッシャーでした。期待された分、帰国時に「非国民」とまで言われました。だから選手たちが「なぜ競うのか」と自問する心理が理解できる。先日の「世界陸上」ドーハの取材では「緊張感がないと走れない」という若い子たちに時代の変化を感じました。

 私は六四年生まれです。戦争を経て、戦後の平和のもと、高度成長下に開かれた五輪の年です。記憶はありませんが、当時の国民のパワーや五輪への期待はすごかったと思う。私はそれを感じたいし、今からでも見始めれば「2020」が十倍は楽しめると思いますよ。

 (談)

ストックホルム五輪でマラソンに出場した金栗四三(中村勘九郎)

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報