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【放送芸能】

いざ! 時代は忍者 「お宝」放置、しのびない

息の合った技を繰り出すReiji(左)とDaisuke=東京都港区で

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 近年、「忍者」に熱い視線が注がれている。学術面ではゆかりの地で掘り起こしが進み、エンターテインメント分野でも新しい姿が創出されている。手裏剣を投げ、ドロンと姿をくらます…そんなおなじみの創作の世界とは異なる像も浮かび始めた。海外では「NINJA」として知られ注目度も高いが、謎も多いまま。まだまだ手つかず状態の「お宝」の活用に向け、のろしは上がった−。 (藤浪繁雄)

 十一月上旬の土曜夜、横浜・みなとみらい地区。モノトーン調に明滅する屋外ステージで、黒装束の集団が疾風(はやて)のごとく駆け回り、アクロバットを披露した。大手音楽会社エイベックスが仕掛ける「NINJA PROJECT」のパフォーマンス。武術やダンスなどを取り入れた米発信競技の集団「TOK¥O TRICKING MOB(トーキョー・トリッキング・モブ=TTM)」のメンバーが幻惑の“忍者技”を披露した。

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 リーダーDaisuke(23)=写真(左)=と弟のReiji(18)=同(右)=は小学生の時から、地元の東京・多摩川の六郷土手で技を磨いた。兄弟は技の難易度、独創性、美しさを競う世界大会の覇者になった強者(つわもの)。「外国勢には今も忍者が実在すると思っている選手もいる。じゃあオレらが『ジャパニーズ・ニンジャ』として文化を背負わせていただこうかと」と兄弟は自覚十分。忍術も研究し、「百万種類以上」というトリッキングの技を自在に組み合わせている。

 プロジェクトの中前省吾クリエイティブディレクターは「忍者は日本が誇るIP(知的財産)。海外でも知名度が高く世界に通用する」と話す。しかし、その認識は途上で、“お宝”はまだ埋もれた状態。中前さんは華やかなTTMのステージなどを入り口に据え「忍者をビジネスや国益に結び付けたい」と構える。スマートフォンを使い、現実空間とデジタル情報を重ね合わせる「仮想現実」の仕組みを活用し、忍者ゆかりの地をテーマパークにする構想なども進めていく。

大技を繰り広げたNINJA PROJECTのステージ=横浜市中区で

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 二〇一二年、三重大学が学術研究を開始、あまり解明されていなかった忍者に光が当たるようになった。山田雄司教授らが、県内の“聖地”伊賀などを調査。「史料が少ないと思っていたが、意外にあることが分かった」。この流れはほかの地域にも広がり、忍者未開地でも存在が明らかになったり、「地域おこしのため忍者を織り交ぜたストーリーを作りたい」という依頼も寄せられたりした。

山田雄司教授

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 もともと忍者は「忍び」などと呼ばれていた。最も活躍した戦国時代、武将や大名の特命を受けた下級武士らが強靱な肉体やサバイバル術を身に付け、諜報(ちょうほう)活動や敵陣のかく乱といった役目をひっそりと果たした。だが、忍術やその精神は口伝がほとんど。江戸期以降に書き残された文書などが各地で日の目を見るようになった。

 一五年には地域活性化や観光振興を目指す「日本忍者協議会」が発足、現在六県九市一町が名を連ねる。昨年には「国際忍者学会」も結成。今年九月には長野県上田市で第三回大会が開かれ、研究者や愛好家らが参加した。ご当地真田藩の忍びの実像や、息を短く吸って長く吐く「息長(おきなが)」という忍者の呼吸術の効能など、多角的な発表があった。

 聴講していた「くのいち千」の名で忍術を学ぶ愛知県岡崎市の主婦は「かつては忍者好きというと笑われ悔しい思いもしたが、大学研究が知られるようになり変わってきた」と語る。「そろそろ本当の忍者の話をしよう」「真田忍者の末裔(まつえい)」などの著作がある佐藤強志さんは「各地で研究が進めば、さらに出版の機会になる」と手応えをつかむ。

 協議会や学会のキーパーソンの山田教授は「研究者や協議会で進めるツーリズムの従事者が生活できるようにしていきたい。企業との連携で商品開発も始まり、現代に生かせる忍術を考えたい」と見据える。

◆戦わず我慢の心 ラストニンジャの金言

忍びの歩行術を披露する川上仁一さん=福井県若狭町で

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 伝統的な忍術を修行し続ける人が今も存在している。伊賀と双璧をなす甲賀(こうか)流の一流派、伴党二十一代宗師家の川上仁一さん(70)=福井県若狭町。ライフスタイルや自然環境の激変により「私のような忍びはもう現れない」と語る。“ラストニンジャ”の金言は−。

 −どんな修行を。

 先代の師とひょんなことから出会い、六歳ぐらいから始めた。冬季以外はずっと修行。山の中を走ったり、塀から飛び降りたり。「存在を消す」歩き方や呼吸法、火薬に適した土の採取、配合術など、あらゆることを学んだ。手裏剣? あんな重い物は持ち歩きません。あと、不眠の行や尿意を我慢する術も身に付けた。一カ月ほどの断食は今も時々やりますよ。

 −忍びの精神とは?

 戦わず我慢する心。情報を主君に届けるために生還することが何より。そのためになるべく戦わない。我慢すれば平和で安寧だが、それが崩れると争いが起きる。何事にも動じない不動心が大切だが、「忍」は「心」の上に「刃」と書くように、時に残忍となることもある。それが忍び。

 −現代でも役立つ忍術はありますか?

 最低一週間から十日ほどの断食はお薦め。すがすがしい気持ちになるし、災害時にパニックにならず、じっと我慢していられる境地を知ることができる。

 −忍者への注目が高まっています。

 史実として認められてきたと感じる一方で、まだ創作の世界で「眉唾もの」と思う人もいるようだ。その点、約二十カ国で「忍道」を伝えてきたが、外国人には先入観がない。忍びは目立たないようにコツコツ働き、他藩に入って巧みなコミュニケーション術を発揮し、異文化共生を実践してきた。そんな普遍的ともいえる日本人像をもっと知ってほしいですね。

「くのいち千」さん(左)ら独特の装束で国際忍者学会に参加した人たち=長野県上田市で

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