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【放送芸能】

<笑う神 拾う神>桜川米七 軽妙な芸、伝える責任感

2月22日午後1時から東京都台東区の鳥越神社会館で開催の「江戸文化に親しむ会〜幇間芸共演〜」に出演(観覧料4000円)

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 お座敷などの宴席で客の機嫌をとり、芸者を助けつつ、軽妙な芸を披露する幇間(ほうかん)(たいこもち)は、かつての花柳(かりゅう)界において欠かせない存在だった。

 浅草見番(けんばん)に籍を置く桜川米七は、今や全国でも数人のみとなった幇間の第一人者である。現在、六十九歳。茨城県で生まれ、岩手県の盛岡で育った。昭和四十六(一九七一)年に五代目柳家小さんに入門し、約四年の落語家生活を経験した後、同五十(七五)年に幇間芸の会で見た悠玄亭玉介に弟子入り。最初は悠玄亭若介(じゃくすけ)を名乗り、同六十(八五)年に現在の名前に。

 落語の「幇間腹(たいこばら)」をベースにした「たいこ屏風(びょうぶ)」は師匠の玉介の得意芸を継承したものだ。客に針を打たれるのが嫌で逃げようとするが、耳や着物の袖を引っ張られ、座敷に引きずり込まれる様子を、まるで屏風の向こうに人がいるように一人で演じてみせる。

 亭主が留守の奥さんに誘われ、足袋を手に嵌(は)めて女性の足を表現する屏風芸の“お色気バージョン”もある。「どうぞ叶(かな)えて」では、石段を上って神社に願をかけに行く若い娘と老婆(ろうば)との動作の違いを踊りで表現する。

 「直接教わるより、師匠の芸を見て覚えました。それを師匠の前でやると、あそこはこうした方がいいとか言ってくれる感じですね」  

 浅草をはじめ各地でのお座敷の仕事をこなす一方で、一般に公開されるイベントに出演する機会も増えた。

 弟子三人に孫弟子一人を抱え、師匠から受け継いだ芸を伝えている。

 毎週火曜の昼夜に浅草見番で行われる一般人向けの「幇間芸教室」では、「かっぽれ」「深川」「奴(やっこ)さん」などの踊りを教える。参加費は一回二千五百円。「そうやって伝えていかないと、無責任になっちゃいますからね。幇間という仕事もしばらくは続いていきそうで、ホッとしています」

 (西条昇=江戸川大学教授、お笑い評論家)

 

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