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【放送芸能】

よみがえるツッパリ 横浜銀蝿 40周年に復活

デビュー40周年を機に1年限定で復活した「横浜銀蝿」。左からTAKU、嵐、翔、Johnny

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 1980年代前半に一世を風靡(ふうび)した4人組のロックバンド「横浜銀蝿(ぎんばえ)」がデビュー40周年を機に、今年末までの1年限定で完全復活した。2月にはオリジナル盤とベスト盤を合体させたアルバム「ぶっちぎりアゲイン」を出した。ボーカルとギターを担う翔(61)とJohnny(ジョニー)(61)に、ツッパリや暴走族に着想を得たスタイルの原点を聞いた。 (林啓太)

 リーゼントの髪形に革ジャン、サングラス。ボーカル&ドラムス嵐(らん)(64)、ボーカル&ベースTAKU(タク)(59)を含めた四人で活動した約四年(一九七九〜八三年)に、「不良」を気取る高校生の日常にユーモアを込めた楽曲がヒットした。暴走族の格好をしたネコのキャラクター「なめ猫」とともに若者文化の一面を体現した。

 神奈川県で育った二人の中高生時代は、七〇年代半ば。翔は「身近に暴走族の軍団がいて。吸い込まれるように不良の文化に近づいた」。Johnnyは「今の半グレとは違う。皆でバイクや車を走らせるのは、普通だった」と振り返る。

 リーゼントといえば、五〇年代の米国ポップスを象徴するエルビス・プレスリーを想起させる。プレスリーのころの米国文化が八〇年前後、日本の若者に流行。東京・原宿の路上にはロカビリーに合わせて踊る人もいた。

 ただ翔は「四人それぞれに音楽のルーツがある。俺は中学の時に出会った黒人歌手のチャック・ベリー。エルビスの対極だ」と明かす。Johnnyも洋楽から音楽に目覚めたという。やがて中学生の時、リーゼントに革ジャンを着た矢沢永吉らのロックバンド「キャロル」に「日本人なのに格好いい」と引き込まれた。

 風潮や流行から受けた影響は、新たな価値の創出と発信に結び付けていった。

 二人は高校二年で、銀蝿の前身のバンドを立ち上げた。Johnnyは「楽曲は最初からオリジナル。親に隠れてたばこをふかす話とか。ツッパリの原点になることは七〇年代半ばからやっていた」と胸を張る。

 後輩の暴走族の集会で録音したエンジンの爆音をレコードに使ったことも。翔は「俺たちの前は誰もやらなかった」と笑う。こうした細部へのこだわりが、広い若者らの共感につながった。ツッパリへのいちずな愛が、銀蝿を伝説のバンドたらしめたといえる。

 二枚組みのアルバムは一枚が新曲十曲を収めたオリジナル盤、もう一枚は「横須賀Baby」「ツッパリHigh School Rock’n Roll(登校編)(試験編)」などヒット曲満載のベスト盤。

「横浜銀蝿40th/ぶっちぎりアゲイン」

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