東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 放送芸能 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【放送芸能】

<笑う神 拾う神>柳家寿伴 カラオケ店から飛躍

師匠柳家三寿の名にちなみ、3月10日に結婚した

写真

 前座時代、週に一度、師匠の柳家三寿とカラオケボックスで落ち合うのが習慣だった。

 「持ちネタの中からくじ引きで一席を選んで、それをしゃべると修正点を指摘してくれるんです。あの時間が今につながっていますね」

 師匠に初めて会ったのもカラオケ店だった。入門を志願した後、カラオケを一緒に歌うという肩肘張らない始まり。大学卒業後にIT企業に二年半勤務し、その後、舞台照明の仕事に従事していた二十九歳のとき「前日に仕事を辞めて師匠に会いに行きました」という退路を断っての転身だった。

 落語との出会いはYouTubeと、今っぽい。「(立川)談志師匠を見て憧れ、職業として落語家を意識し始めました。学生時代は音楽サークルで、ビートルズをカバーしていたんですが、バンドと違って落語はひとりで完結できる。そこに魅力を感じましたね」

 師匠の教えは「噺(はなし)を大事にしろ」。前座修業につきものの、師匠の身の回りの世話などは求められなかったという。「落語の道具の中から」と付けてくれた芸名は「襦袢(じゅばん)」と同じ読みの「寿伴」。「お客さんに色っぽい名前だねと言われますし、覚えてもらえやすい。『寿伴』とネット検索すると最初に出てきますしね」と命名の恩恵をずっと感じる。

 昨年五月に二つ目に昇進したが、その二カ月前の三月十日に婚姻届を提出。前座修業中の結婚は異例だが、師匠に報告するとニヤリとされ、「隅に置けねぇな」と。夏には第一子が誕生した。三十五歳。年男だ。

 順調だった芸人としての暮らしも、新型コロナウイルスの影響で高座が次々飛ぶ事態に…。「けいこはしていますが、しゃべることで認証を得ているという感覚は、人前でやらないと味わえないんです」

 客前でこそ成立する大衆芸能として、落語の意義をしみじみと感じる日々だ。

 (渡辺寧久=演芸評論家)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報