東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 放送芸能 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【放送芸能】

「私は女優」思いを撮る 原田美枝子、認知症の母を映画に

写真

 女優の原田美枝子(61)=写真=が認知症の母ヒサ子さん(90)にカメラを向け、監督も務めた二十四分間のドキュメンタリー映画「女優 原田ヒサ子」を製作した。家族の協力も得て、編集まで手掛けた。美枝子は「母の思いを形にしたと思っている」という。 (竹島勇)

 数年前、ヒサ子さんが「私ね、十五の時から、女優やってるの」とつぶやいた。十五歳で映画デビューしたのは美枝子であり、母は女優ではない。美枝子は驚いたが、とても自然な発言だったという。

 美枝子が女優になることに反対せず、見守ってきたというヒサ子さんは一九二九年、千葉県館山市の漁師の家に生まれた。第二次世界大戦中は軍需工場に動員。二十代で結婚し、高度成長期にはパートで働きながら美枝子ら三人の子を育て上げた。十年ほど前から認知症の症状が進み、介護施設で暮らすが「ひょっとすると、母は女優をしてみたいという気持ちがあったのかもしれない。もしそうなら夢をかなえてあげたい」と美枝子は思うようになった。「ワンカットでもいい。母を女優として撮影して公開したい」

 美枝子の長男で、VFX(映像加工)アーティストの石橋大河(31)、長女でシンガー・ソングライターの優河(ゆうが)(28)、次女で女優の石橋静河(25)らも協力。撮影を手伝い、美枝子とともに出演もしている。

「女優」として撮影された原田ヒサ子さん

写真

 お気に入りの色留め袖を着たヒサ子さんにポーズを取らせ、カチンコで合図を送りカメラを回す。にこやかな笑顔のヒサ子さん−。これが母を「女優」として撮影したワンカット。美枝子は「自分でも不思議に思うが、この人は長年女優をやってきたと思える表情が撮れた」という。

 三人の孫に「最近、ドラマの仕事はあまりしてないの」とニコニコと話すヒサ子さん。美枝子は、そんなヒサ子さんの人生を写真とともにたどった。「映画作りのため親族の話を聞いて、母の母は四十四歳の時に十三人目の子のお産で亡くなったことを知り、ショックを受けた。母は若い時に戦争があり、私の子の面倒も見てくれた。私は生きたいようにしてきたけれど今回、母の人生に向き合えた」と美枝子は振り返る。

 二月、東京の「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」に出品。プログラムディレクターの映像カメラマン山崎裕(ゆたか)は美枝子とのトークで「対象に対するまなざしの優しさとリスペクトが素直に表れ、ドキュメンタリー作品として豊かだ」と評した。

 作品は二十八日から東京・渋谷のユーロスペースで上映される。「この時に原田ヒサ子が本当の女優になれると思っているんです」と美枝子は力を込めた。千円。

作品から。母のヒサ子さん(右)と美枝子

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報