東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 放送芸能 > 紙面から一覧 > 記事

ここから本文

【放送芸能】

「沖縄の心」を紡ぐ 琉球交響楽団 苦難越え20年

3月1日、定期演奏会が中止になりリハーサルに力を入れる琉球交響楽団。指揮は大友直人=沖縄県浦添市で

写真

 沖縄に一つだけあるプロのオーケストラ「琉球交響楽団(琉響)」が十五年ぶりに新作CDを出した。地元の四季や風物詩をメロディーにちりばめた全六楽章。創立二十年目の琉響は資金も専用の練習場所もないが、「沖縄らしさ」を音楽で伝えようという楽団員の情熱は決して負けない。苦難の道を歩んできたオケの気概は−。 (原田晋也)

1982年、NHK交響楽団時代の祖堅方正(PIPERS提供)

写真

 奮闘する琉響に新型コロナウイルスが立ちはだかった。三月一日、沖縄県浦添市のホール。予定されていた定期演奏会は中止となってしまった。しかし、無観客で「リハーサル」を敢行、楽団員たちは熱の入った演奏を披露した。

 「うまいオーケストラはたくさんいるが、ほとんどは(技術的に)うまいだけ。琉響には心のこもった、感動を与える演奏をしてほしい」。琉響の音楽監督でベテラン指揮者の大友直人(61)は楽団員たちにそう語りかけた。

 琉響の創立は二〇〇一年。立ち上げに尽力したのは、NHK交響楽団(N響)に二十五年間在席し、約十年は首席トランペット奏者だった祖堅方正(そけんほうせい)(一九四〇〜二〇一三年)だ。祖堅は沖縄県立芸術大(那覇市)に音楽学部ができた一九九〇年、故郷に戻り教授に就任。クラシックのプロの受け皿がなく、せっかく育てた教え子たちが県外に出て行ってしまう状況を変えようと琉響をつくった。

 N響の研究員だったころから大友は祖堅と面識があり、祖堅の志に共感。設立当初から支えてきた。祖堅の死去後も関わり続け二〇一六年から音楽監督を引き受けている。

 オケの運営には多額の費用がかかる。大都市を拠点にするオケは大企業が、地方では自治体(県、市など)が公的資金で支えることが多いが、琉響はどちらの支援もないまま発足した。

 カリスマだった祖堅を失った後、琉響のメンバーは厳しい現実に直面した。「こんなに大変なのか、と思いましたよ」と楽員代表、高宮城(たかみやぎ)徹夫(59)は振り返る。生前の祖堅は「金の心配はしないで演奏すればいい」と楽団員に語り、資金繰りなど運営を一手に引き受けていたからだ。現在、メンバーは献身的にオケを支えている。三十四人の楽団員の報酬は給料制ではなく、公演ごとの歩合制。ほぼ手弁当で、全員が音楽教室やフリーの演奏活動、大学の非常勤講師など別の仕事を持っている。

 常設の練習場もなく、その都度違う場所で練習している。楽器を運ぶ専用トラックもなく、メンバー個人が所有する貨物車を使っている。公演プログラムに掲載する細かな広告は、メンバー全員で集める。

 その分、メンバーには家族のような連帯感と、演奏にかける強い思いが生まれている。コンサートマスターの阿波根(あはごん)由紀(52)は「一つの公演に向けるエネルギーはどこの楽団よりも熱いのでは」。日本中のオケを見てきた大友も「これほど純粋に情熱を傾け、苦悩する楽団はどこにもない」と断言する。

 今月、二十周年記念として十五年ぶりのCD「沖縄交響歳時記」を出した。資金不足で頓挫しかけたが、クラウドファンディングで資金を募り、何とか形にした。

 「祖堅先生は『沖縄の音楽には他にはない良さがある。沖縄の音楽家が結集し、沖縄でしかできないサウンドをつくりたい』と思っていた」と阿波根。沖縄唯一のプロのオケとして、オリジナルの作品をつくることは念願だった。

 作曲は萩森(はぎのもり)英明に委嘱。沖縄を旅して空気を感じてもらって、曲が仕上がっていった。「かぎやで風」や「てぃんさぐぬ花」など、沖縄県民ならすぐ分かるフレーズがアレンジされており、第六楽章はお祝いの場で踊られる「カチャーシー」。地元の楽器もさりげなく取り入れられている。高宮城は「沖縄を代表する作品になるのでは。名刺代わりの一枚ができた」と喜んでいる。

 「どん底」を見た琉響の新たな門出として、初の県外公演が組まれた。四月の予定だったがコロナ禍により延期され、六月十二日、「名門」東京・サントリーホールのステージに立つ。沖縄を伝えるこの新作で勝負する。人気ピアニスト辻井伸行もゲスト出演。「もし祖堅先生が知ったら、涙を流されると思いますね」と、高宮城は目を細めた。

阿波根由紀(左)と高宮城徹夫=那覇市で

写真

◆「どん底」でも可能性 音楽監督・大友直人

写真

 幅広く活躍している大友直人=写真=に、琉響への思いを聞いた。

 −琉響はどんな楽団か?

 いろいろな状況が「どん底」で、これ以上落ちようがないくらいだ。各地のプロのオケと比較すると、財務状況は比べものにならない。メンバーの技量はあるが、団体としてはおそらく日本一苦労している。高年齢化も進んでいる。

 −なぜそこまで琉響に熱を入れるのか。

 沖縄の経済の柱は観光産業。観光に大きな役割を果たすエンターテインメントの充実や人材育成に真剣に取り組めば、沖縄の大きな力になると思うからだ。

 オケは単にクラシックの名曲を演奏するチームというだけではなく、あらゆる種類の音楽に対応できる音楽家の集団。幅広い音楽活動に参加できるし、音楽教育活動もできる。そういう可能性のある集団ととらえれば力の入れがいがある。

 −東京公演を控えている。

 奇跡のような幸運が重なった結果で、望外の喜び。しかも、こうした弱小の楽団がメインの曲に新作を持ってくるというのは前代未聞。潔くて思い切りのいい、琉響ならではの公演になるのでは。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報