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【伝統芸能】

<評>歌舞伎座「六月大歌舞伎」 仁左衛門、緻密な人物表現

 歌舞伎は「型の演劇」といわれるが、型はリアリティーを伴ってこそ意味がある。昼の部では型の美しさとリアリティーとが見事に調和した舞台が二本。まずは「梶原平三誉(ほまれの)石切(いしきり)」、中村吉右衛門の梶原平三景時。自在のせりふ回し、見得(みえ)の形の良さ、輝くような顔の立派さ。理屈抜きにわくわくするような面白さである。それでいて合戦の物語は現場を見るようにリアルで、六郎太夫の話を無言で聞く思い入れのうちに梶原の考えの筋道が明確に浮かび上がってくる。

 次に「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい) 封印切」。片岡仁左衛門が東京では約三十年ぶりに忠兵衛を演じる。華やかな松嶋屋型で、前半は軽妙なテンポが快く、片岡秀太郎のおえんとの息の合ったやりとりに大坂新町の風情を彷彿(ほうふつ)させる。喜劇味と愛嬌(あいきょう)たっぷりでいかにも皆に贔屓(ひいき)にされる男。それが八右衛門との応酬になってからは、心の中で懸命にブレーキをかけつつも、終始周りの視線を気にかけ、次第に八右衛門の挑発に我を忘れていく過程が実に緻密に描かれる。昼の部は他に「寿(ことぶき) 式三番叟(しきさんばそう)」「女車引」。

 夜の部はみなもと太郎原作、三谷幸喜作・演出の「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」。巧者の松本幸四郎、市川猿之助ほか、若手まで健闘して部分的なギャグは面白いが、確かな人間像が見当たらない。竹本をはじめ歌舞伎の様式を無理にアクセサリーとして使う必要はないのに、それでかえってリアリティーが減じてしまっている。先に挙げた昼の部の演目とは対照的。見ものは「謁見(えっけん)の場」の松本白鸚のポチョムキン。政治家の怜悧(れいり)と冷酷を圧倒的な貫禄で描く。二十五日まで。(矢内賢二=歌舞伎研究家)

 

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