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【伝統芸能】

<新・笑門来福 春野恵子> 浪曲全盛期 タイムスリップしたいな

 年に一度の恒例「NHK東西浪曲大会」の公開収録が無事に終わり、ホッとしている。これが毎年のことながらドキドキものなのである。テレビ収録なので当然だが、時間がシビアに決められているし、カメラワークによってアップに映していただいたりもするので、変な顔になっていないか気をつけなくてはいけない(←そうなのか? 笑)のに、夢中になるとついそれを忘れてしまう。だいたい私の浪曲を語っている時の顔ったら。結構アレなんですわ。

 さらに客席数千四百人超えのNHK大阪ホール。そのキャパに対して語ろうとすると、芸は大きすぎ、テンポはゆっくりになりすぎて、テレビで放送された時に違和感が出かねない。なので、放送される時のことを考えて、ちょうどいい感じに調整するなんてこともしなくてはいけないのだろうが、やはりそこは、本来は生の芸。目の前にお客さまがいらしたら、収録のことは頭からすっぽり抜けてしまうのである。恐ろしや。難しや。ややこしや。

 現状、テレビの浪曲番組は年に一度ずつ、大阪と東京で公開収録されるNHKの番組のみ。ラジオもNHK「浪曲十八番」(現在はFM)のみになっている。関西では長らく朝日放送「おはよう浪曲」という番組が放送されていた。テレビ版が一九七五年から二〇〇〇年まで。ラジオ版はそれよりも早く一九七〇年に放送開始し、約四十五年間続いたが惜しくも二〇一四年に終了。私は〇三年入門なので、テレビは間に合わなかったが、ラジオの方は何度かお世話になった。年々、放送時間が早まり、早朝というよりもはや深夜では? これでは「おはよう浪曲」ではなく「おやすみ浪曲」では? なんて言っているうちに、とうとう終わってしまった。

 テレビ放送が始まる(日本では一九五三年)前のラジオの時代には、かなりの頻度で浪曲がラジオで流れていたと聞く。あの越路吹雪さんが、ラジオから流れる広沢虎造の浪曲に合わせて唸(うな)っていたというのは有名な話だが、それは恐らく一九三〇年代の後半から四〇年代頃のことだろう。日本人のいちばんの娯楽が浪曲であった時代。当時の活気はどんなものだったのか、タイムスリップして見てみたいものだ。

 

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