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【伝統芸能】

<はじめての和の道>記者体験ルポ 津軽三味線 強い音へ 撥と苦闘

 繊細で激しく、情熱的な音色が特徴の津軽三味線は、外国人の愛好家も増えている。民謡の伴奏音楽や異分野音楽との融合などで幅広く親しまれている「津軽」の音はどのように生まれるのだろうか。若きフロントランナーとして国内外で活躍するデュオ「吉田兄弟」の門をくぐった−。 (酒井健)

 兄の吉田良一郎(42)は国内で個人レッスン、弟の健一(39)はスペインの音楽大学で教えるなど若い世代への指導は手慣れたもの。「太棹(ふとざお)」と呼ばれる津軽三味線を手に取るとズシリと来る。良一郎は「最近は男性に負けないほど力強く弾ける女性も多い」と話す。

 プロの津軽三味線奏者は一般に、いすに座って演奏する。兄弟には手取り足取り、構えから手ほどきを受けた。真っすぐ浅めに腰掛け、両足を広げ、左足を少し前に出す。三味線の胴の部分を膝に乗せ、なるべく腹につける。棹の最上部は、自分の額と同じ高さに…。弾く前からなかなか大変である。

 棹を寝かせて演奏する細棹(ほそざお)(長唄などに使う)とは異なり、やや左肩の筋肉に負担がかかる。しかし、それよりも津軽三味線最大の難関は、撥(ばち)の持ち方だ。右手首を直角に曲げ、人さし指と中指、薬指で握る。他に類のない関節の使い方で、正直かなり痛い。「幼い頃に始めると関節が適応するが、二十代以降で始める人は、すでに関節が固まっていてつらい」と健一。

 手首を強く曲げる独特の撥の持ち方が、力強い演奏を生み出す。「津軽はより強い音を出すため、撥を寝かせて、上から叩(たた)く」と良一郎。「撥をちゃんと持てるかどうかで、三味線人生が変わる。(指導の際も)教え込むのに時間をかけます」と力説する。芸者衆が奏でる細棹のように「手首(の返し)で弾くのは優しい弾き方。腕を上げて、上から押すように」。健一の指導も熱を帯びる。

 「固い」「(震えて)ぷるぷるしている」。指導を受けながら撥と苦闘した後、「安定してきました」と良一郎からOKが出た。いよいよ演奏に入る。

 棹を持つ左手には、親指と人さし指の間を覆う「指すり」を装着。ここ数十年で開発された装具といい「津軽は早弾きが得意。これがあるとよく(指が)棹を滑る」と良一郎。指で押さえる弦の位置を番号で示し「4−4−6と弾いてみてください」。

 日本古謡の「さくら」の最初の二小節が鳴る。何度か音程を外したものの、ゆっくりした曲なので、落ち着いて弾けば、おなじみのあの旋律の音が出た。「いいですね」と持ち上げてくれる良一郎。健一が入れる合いの手は「音の切れ味が違うな」と思いつつも、うれしい。

 基本を押さえれば、音そのものは出せそう。しかし、津軽三味線を津軽三味線たらしめる音を出すには、厳しい稽古があるのみだろう。

◆今日の先生 吉田兄弟

 北海道登別市出身。ともに5歳から三味線を始め、1990年、津軽三味線奏者の初代佐々木孝に師事。99年にメジャーデビューし、邦楽界では異例のヒットを記録。2003年に全米デビュー、現在までに13枚のアルバムを発表している。15年度には弟の健一が文化庁の文化交流使としてスペイン・バルセロナに滞在。近年、兄の良一郎は学校公演を行う邦楽ユニット「WASABI(わさび)」を結成。健一は第一線の若手津軽三味線奏者グループ「疾風」をプロデュースするなど、個別の活動にも取り組んでいる。

 

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