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【至上の印象派展 ビュールレ・コレクション】

<池上先生の絵ほどき>ナチスと絵画の巻 戦禍くぐり抜け生き残る

第2次世界大戦後に、ナチスによる略奪品とされて元の所有者に返還を命じられるが、ビュールレが正当に買い直した作品のひとつエドガー・ドガ「ピアノの前のカミュ夫人」 1869年 油彩、キャンバス139×94cm (C)Foundation E.G.Buhrle Collection, Zurich(Switzerland) Photo:SIK−ISEA, Zurich(J.−P.Kuhn)

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 長い人類の歴史のなかで、度重なる戦争によって数多くの芸術作品が失われてきた。むしろ、今日私たちが目にすることのできる作品は、そうした戦禍(せんか)をくぐり抜けて運よく生き残ることができた、ほんのひと握りにすぎないとさえ言える。

 前回の記事で、セザンヌの<赤いチョッキの少年>など四点の作品が、二〇〇八年にスイスのビュールレ・コレクションから盗まれた事件を扱った。しかし同コレクションにある作品がくぐり抜けてきた激動の歴史はそれだけにとどまらない。ナチスはユダヤ人から没収した絵画をスイスでオークションにかけて軍資金の足しとしたが、そのうち十三作品をビュールレが購入していたために終戦後返還させられ、一部を買い直すはめになっている。

 ルノワールの<イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢>は同コレクションの目玉のひとつで、端正で可憐(かれん)な美少女だが、憂いを帯びた表情をしている。カーン家はユダヤ系移民の家系で、パリで銀行家として成功していた。一八八〇年の夏、別邸の庭でモデルをつとめた八歳のイレーヌは、その十一年後にカモンド伯イザクと結婚する。ひとまわり年上の夫との間には一男一女が生まれたが、結婚生活は十年ほどで破綻し、その後三十歳でサンピエーリ伯と再婚するが、二十年ほど後に二度目の離婚をしている。

 息子ニッシムは長じてフランス空軍のパイロットとなり、第一次世界大戦末期の一九一七年、二十五歳でロレーヌ地方において撃墜死を遂げている。一八九四年に生まれた娘ベアトリスはやがてレオン・ライナッハの妻となり、ふたりの子宝に恵まれるが、一家四人ともナチスのユダヤ迫害によって捕らえられ、アウシュビッツほかの収容所で全員命を落としている。

 イレーヌを描いた絵自体もナチスによって没収され、一時期は美術好きのゲーリングの手もとにあったという。終戦後の一九四六年になって絵はようやくイレーヌ本人のもとに戻された。彼女はすでに七十四歳になっていた。その三年後に競売にかけられ、ビュールレによって落札されている。

 (池上英洋=美術史家、東京造形大教授)

 *「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」は東京・国立新美術館で2月14日開幕。現在、前売り券発売中。

 

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