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マイセン動物園展

森の頂で己の力誇示 《ライネケのキツネ》 ゲーテの叙事詩題材

《ライネケのキツネ》 マックス・エッサー 1924〜34年頃 個人蔵

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 高級洋食器で知られるドイツのマイセンが手がけた動物の作品を紹介する「マイセン動物園展」(東京新聞など主催)が、東京・東新橋のパナソニック汐留美術館で開催中。壺(つぼ)や皿に描かれた動物や、美しい色彩と造形で表現された彫刻など、約百二十点のリアルで愛らしい動物作品を紹介している。本欄では、出品作品の中から《ライネケのキツネ》に注目。作品に込められた物語や当時の背景について、美術評論家の中野京子さんに寄せてもらった。

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 ヨーロッパ白磁の最高峰マイセンの、すばらしい動物作品の数々が並ぶユニークな展覧会。とりわけゲーテの叙事詩『ライネケ狐(ぎつね)』をモチーフにした、高さ一メートル近い彫像の造形美には目をみはるものがある。

 だがまずこの物語自体を知らないことには、面白さが半減しよう。中世から伝わる口承譚(たん)がもとになっている。ライオンが君臨する森の王国のお話だ。誰からも嫌われる狐のライネケは、平気で嘘(うそ)をつく、裏切る、だます、弱いものを喰(く)い殺して他人に罪をなすりつけるなど、悪行はとどまるところを知らず、ついに裁判で死刑を言いわたされてしまう。

 だが首に縄をかけられた絶体絶命のその時、ライネケは持ち前のずる賢さと舌先三寸で「財宝の在(あ)り処(か)を知っている」とでたらめを言い、王の欲に乗じて辛くも難を逃れたのだった。

 その後もおとなしくはせず、悪行を続け、その都度危ない目にもあいながら、知恵と口を総動員して切り抜けたばかりか、熊や狼(おおかみ)といった政敵を陥れて排除することに成功。とうとう王は彼を大臣に任命し、(ライネケにとっての)めでたし、めでたしの大団円で読者を唖然(あぜん)とさせるという諷刺(ふうし)作品だ。

 ゲーテがこれを書いたのは一七九三年。隣国フランスは大革命後の混乱期で、ルイ十六世と王妃マリー・アントワネットが処刑された年にあたる。革命の推移をつぶさに見つめてきたゲーテは、シビアな政治の現実というものをこの物語に託したのだろう。

《ライネケのキツネ》の拡大写真

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 マイセン磁器で表現されたスリムな狐のライネケは、森をイメージした台座(絡み合う樹木、鳥獣、果物などが配されている)の頂点にまっすぐ立ち、なかなかの面構えで己の力を誇示している。

 幾度も煮え湯を飲まされながら、王がライネケを取り立てた理由もわかる気がする。この森だけが全世界ではない。他のいくつもの森にぐるりと囲まれ、自分の森を守らねばならぬ王としては、窮地を脱するライネケの手腕を高く買ったのではないか。ライネケのような臣下を持った王は、ある意味、強運と言えるかもしれない。

 強運と言えば、マイセン窯の創設者、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト一世(一六七〇〜一七三三)もその一人だ。小国ザクセンの乏しい国庫を埋めるため、錬金術師ベットガーを軟禁し、黄金を産み出せと矢の催促をし、できたのがマイセン磁器だった。

 美女の肌のように白い磁器はたちまちザクセンを潤し、首都ドレスデンをドイツ随一の華やかな都会へと変身させた。アウグスト一世は念願の贅沢(ぜいたく)三昧、鯨飲馬食を享受したばかりか、山ほど愛妾(あいしょう)をつくり、産ませた子供は三百六十人ということになっている。話半分としてもすごい。彼のあだ名「強健公」は、素手で馬の蹄鉄(ていてつ)を曲げた腕力と、この繁殖力も指していよう。

 彼の臣下にライネケがいたかどうか、それはわからない。

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 本展はパナソニック汐留美術館で9月23日まで開催。水曜休館。開館時間は午前10時〜午後6時(9月6日は午後8時まで)。入館は閉館の30分前まで。入館料など問い合わせはハローダイヤル=03・5777・8600。

 

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