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モネ それからの100年

スイレン 夢の軌跡 なじみ深い名の幻の品種も

かつて「さぎぬま」なども栽培されていたスイレン池を見つめる同園の清水秀男分園長=静岡県東伊豆町で

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 「たまプラーザ」「さぎぬま」「青葉台」…。都民にもなじみ深い駅名が、スイレンの新品種に名付けられていた時代があった。展覧会「モネ それからの100年」(東京新聞など主催)が十四日から横浜美術館で始まるのを前に、スイレンが日本に定着した歴史をひもとくと、かれんな花に託された、人々の夢の軌跡が見えてきた。

 もともと日本に自生するスイレンは、白いヒツジグサ一種だけだった。輸入が始まったのは明治時代。一八九五(明治二十八)年には、米国で園芸技術を学んだ河瀬春太郎が現在の品川区で園芸場「妙華園」を開いた。広大な敷地にはバラやシクラメンなどとともに、三十種以上のスイレンが栽培されていたという。

 大正時代には同好会ができるほどスイレンの人気が高まったようだが、太平洋戦争の空襲などで、ほとんどの品種が失われた。

新宿御苑を描いたとされる高島野十郎の「すいれんの池」(1949年、福岡県立美術館提供)

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 当時の新宿御苑のスイレンを描いたとみられる絵画が、福岡県立美術館にある。画家の高島野十郎の「すいれんの池」(一九四九年)だ。御苑も四五年四月と五月の空襲で芝生に焼夷(しょうい)弾が突き刺さるなどして荒廃し、四九年はちょうど再開した年だった。

 五〇年代に始まる高度経済成長期、人々は美しさをめでる余裕を少しずつ取り戻す。五七年に二子玉川に東急電鉄が開園した五島ローズガーデンは、バラとともにスイレンの収集に力を入れた。中心となったのは、若いころに妙華園で青いスイレンを見てとりこになったという藤井栄治。後継者の磯野求之は品種改良にも取り組み、六七年ごろには沿線の駅名にちなむ「たまプラーザ」「青葉台」「さぎぬま」などの品種を作り出した。

 東急の広報部に、当時の資料や写真がないか尋ねた。

 主力事業ではなく、しかも古い出来事とあって、資料は見つからなかったが、広報担当者は総帥五島慶太(一八八二〜一九五九年)の著作「事業をいかす人」(五八年)から、朝の散歩を巡るこんな記述を探してくれた。

 <二子玉川園の中を抜け、五島ローズ・ガーデンの花をながめてもどるというコースをとっているが…(中略)この散歩をすると、頭に上っている血が全部腰から下にさがってしまい…(中略)このため、毎日美味しく食事もでき、安眠もできるのである>

 東急王国を一代で築き、事業の鬼と言われた実業家は晩年、バラやスイレンに癒やされていたようだ。

現在の品川区にあった園芸場「妙華園」全景。手前に広がるのがスイレンを栽培した水園(品川歴史館提供)

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 スイレンの「たまプラーザ」や「さぎぬま」は今どこに。スイレン温室を持つ熱川バナナワニ園(静岡県東伊豆町)に問い合わせてみた。

 「昔はありましたよ。青葉台、たまプラーザ、さぎぬまも」。七七年から園で働く清水秀男分園長(67)が覚えていた。

 同園がスイレンに力を入れ始めたのは、木村亘・初代園長(故人)がインド訪問中に朝の散歩をしていた際、住宅の垣根越しに池の赤いスイレンと美しい女性を見て魅了されたのがきっかけという。七二年の園芸雑誌のインタビューでは「当時、日本でこれ(スイレン)を一番持っていたのが、東京・世田谷にあった五島ローズガーデンで、そこからもらってきたり…」と話している。駅名が付いたスイレンたちも、その時に園にやってきたのだろう。

 清水分園長によると、二十年ほど前にはすべて枯れてしまったといい、全国的にも幻の品種となってしまったようだ。バナナワニ園には辛うじて「たまプラーザ」と「さぎぬま」を写したポジフィルムが残っていた。

 新品種が次々と開発される一方で、消えていくものもある。スイレンを芸術作品として取り上げることは、その時代の美意識、人々の夢やあこがれを刻む営みでもあるかもしれない。

<スイレンと品種改良> スイレンには温帯性と熱帯性がある。「よくわかる栽培12か月 スイレン」(城山豊著)によると、画家クロード・モネ(1840〜1926年)の時代には「魔術師」と呼ばれた育種家が、さまざまな色や形の温帯性スイレンを作りだした。熱帯性の品種改良が飛躍的に進んだのは20世紀初頭の米国。熱川バナナワニ園の清水分園長によると、当時、フロリダなどでは豪邸の庭のプールにスイレンを浮かべることが一つのステータスだったという。

◇参考文献

 「NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 スイレン」(城山豊著)、「品川産業事始」(品川歴史館)、「ガーデンライフ」1972年8月号(誠文堂新光社)、講談社園芸大百科事典フルール

 文と写真・早川由紀美

◆「モネ それからの100年」

 展覧会「モネ それからの100年」(横浜美術館、7月14日〜9月24日)では、モネの絵画25点のほか、後の世代の26作家による絵画、写真など66点を展示。開館時間午前10時〜午後6時。木曜休館(8月16日は開館)。一般1600円。※今回の記事中の絵画などは展示されません。

 

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