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【全日本大会】

[総合]夢舞台で君もジャンプ DeNA・山崎康晃投手

出場選手にエールを送るDeNA・山崎康晃投手=横浜スタジアムで

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 “小学生の甲子園”高円宮賜杯第39回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントが18日、東京・神宮球場で開幕する。翌19日から同球場など都内5会場で、全国の予選を勝ち抜いた51チームが熱戦を繰り広げ、全国1万2000チームの頂点を争う。日本一を目指す選手たちに、いまや「ハマのクローザー」だけでなく「ジャパンのクローザー」として活躍するDeNA・山崎康晃投手(26)がメッセージを寄せてくれた。

 選手の皆さん、高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会出場、おめでとうございます。

 小学生の頃、僕も全国大会、東京都大会を目指して頑張っていました。袖のマクドナルドのワッペンはチームみんなの憧れ。でも、僕はつけられなかったなあ…。

 僕は小学2年生のときに、東京都荒川区の西日暮里グライティーズで野球を始めました。チームのOBには、日本ハムなどで活躍した森本稀哲さんがいます。帝京高校の頃からずっと、その活躍を見ていた憧れの存在。だから、僕はずっと、帝京高校からプロに入ることを目標にしていたんです。

 小学生の頃は、足の速さと球速には自信がありましたが、コントロールは良くなくて、5年生までは内野手。エースになった6年生のときも、たくさんフォアボールを出していました。

 尾久八幡中時代は、グライティーズと学校の野球部を掛け持ち、どうしたら良い投手になれるか、いつも考えながら練習していました。そういえば、僕は誰かのマネをしたことって、あまりないんです。「良くない」と言われることも多かったインステップの投球フォームはこの頃からで、いまも変わっていません。僕に一番、合う投げ方なんです。チームのコーチでもあり、投げすぎがちな僕の肩や肘のケアに、いつも気を配っていてくれた父には、いまも感謝しています。

 夢がかない、入学した帝京高校では、レベルの高い環境で野球ができ、甲子園に行くこともできました。それでも、3年生のときにはドラフト指名されず、一度は野球をやめようと思ったことも…。そんな僕に野球を続けさせてくれたのは、「あなたを応援することが生きがい」という母の言葉、そして「必ずプロ野球選手にする」と言ってくれた亜細亜大野球部・生田勉監督との出会いでした。

 思えば、監督やコーチ、チームメート、そしてライバルと、さまざまな人との出会いや言葉に刺激を受け、多くを学びながら、僕は野球を続けてきました。いまも多くの仲間、そしてファンの皆さんに力をもらい、少しでも良い投手になりたいと思い、プレーを続けています。

 皆さんも、いろんな人との出会いを大切に、感謝の気持ちを忘れず、大好きな野球を続けてほしいと思います。いつかプロになって、一緒に野球をしましょう!

 (横浜DeNAベイスターズ・投手)

<山崎康晃(やまさき・やすあき)> 1992(平成4)年、東京都荒川区生まれの26歳。東京・帝京高から亜大を経て、2014年ドラフト1位でDeNA入団。1年目シーズン当初からクローザーに定着し、新人最多記録を更新する37セーブを挙げ新人王。今年7月には、史上最年少での通算150セーブを達成した。179センチ、88キロ。右投げ右打ち。

 

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