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【地域のチカラ】

移住者と共に過疎化と闘う 人口1200人 群馬・上野村

移住者が企画した自転車イベント「ライドハンターズin上野村」で村の自然を楽しむ参加者ら=11月24日、群馬県上野村で

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 「挑戦と自立の村」。離島を除いて関東地方で最も人口が少ない村、群馬県上野村の合言葉だ。「平成の大合併」では自立の道を選択。移住を積極的に受け入れ、過去三十年の移住者が村民約千二百人の二割に上る。山村の自然を生かして雇用を生み、過疎化と闘う人々の息遣いを感じた。 (宇佐見昭彦)

◆気さくな雰囲気

 村のほぼ真ん中、楢原地区にある「上野村産業情報センター」は、観光や産業の案内所。職員六人のうち四人が移住者だ。

 埼玉県美里町から来た戸井田(といだ)優実さん(24)は昨年春、ここで社会人デビュー。群馬県内の知人から求人を聞いて応募した。村営住宅には二十代の移住者が三人。近くの食堂では一人一人の誕生日会も開いてくれる。「地元の人たちと仲良くなれた」と笑顔だ。みそ造りや藍染めなど体験教室を担当。山道で馬に乗り心身を癒やす新企画「ホースセラピー」は、希望者が定員の二倍という盛況だった。

 先月下旬、自転車で村の観光名所を巡って得点を競う「ライドハンターズin上野村」が開かれ、県内外の約百人が参加した。企画したのは、十三年勤めた高崎市の量販店から一昨年、転職した石井貴裕さん(38)。自転車が趣味で、五年前に村内のレースに出たのが村との出合いだ。

 「村の人たちは移住者に慣れていて『どっから来たんだい?』と気さくに聞いてくれる。閉鎖的とか感じずに溶け込めた」

 センター事務局長で村出身の小池啓満(ひろみち)さん(51)は「地区の獅子舞や消防団、村の行事も移住者がいないと成り立たない」と話す。

「移住者なしでは村の行事も成り立たない」と話す事務局長の小池啓満さん(左)と、移住2年目の戸井田優実さん=群馬県上野村産業情報センターで

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◆合併せず自立へ

故黒沢丈夫元村長

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 移住政策の源流は、村長を一九六五年から十期四十年務めた故黒沢丈夫さんだ。政府は九九年度から約十年間、全国各地で市町村合併を推進した。しかし、黒沢さんは「自治と民主主義の蹂躙(じゅうりん)」「自治体が大きくなるほど意思決定に関与する住民の権限が薄まる」と合併を拒んだ。

 小さくても自立した村にと、猪豚(いのぶた)飼育や木工など農林業で雇用を確保。定住促進条例を作り、生活補給金や住宅取得応援金などで移住者を手厚く迎えた。

 黒沢さんが十三年前に村長を引退した後も村の挑戦は続く。森を生かし、間伐材を細かく砕いて燃料にしたバイオマス発電所をドイツから導入。電力は村の名産、肉厚のシイタケ栽培所で消費する。

 村役場振興課の佐藤伸(しん)さん(55)は「燃料の生産力を高めたい。燃料工場の雇用が増えるし、原木も要るので森林組合や林業会社も人を増やせる」と意気込む。

 「この村が好きで」と移住者の村議も誕生した。山村留学から定住十四年、浜松市出身のイチゴ農家鈴木俊史(たかし)さん(42)。地区住民に後押しされ、三年前に百四十七票でトップ当選した。

 「村にコンビニはないが、自分で畑を作り、余計に取れたキュウリをどうやって食べよう、塩漬けにしようか…なんて考える。その環境を楽しめれば、ここにはいろんなものがある」

<上野村> 群馬県の南西端に位置し、面積の95%以上が森林。林業が盛んで、昭和40年代前半には3000人を超えた人口が、過疎化と高齢化で急減。近年は移住政策が功を奏し、人口減が緩やかになった。今年10月末現在、1194人(583世帯)のうち234人(109世帯)が移住者。過去10年間はほぼ毎年10人以上が転入、定住している。村を流れる神流(かんな)川の清流は「関東一きれいな川」「平成の名水」としても知られる。1985年8月に日航ジャンボ機が御巣鷹(おすたか)の尾根に墜落、520人が亡くなった慰霊の地でもある。

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