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【連載小説「本心」】

本心<55>

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第五章 “死の一瞬前”

 彼女は礼を言っていて、それに対する母の返事は、

「こちらこそ、ありがとうね! 身の上話を聞いて下さって、長年の胸のつかえが取れました。」

 というものだった。

 お互いに、何か重要な打ち明け話をした様子で、この日以降、二人の口調は急に親密さを増していた。母の弾むような言葉から、安楽死の話をしたとは思えなかったが、その後、信頼が深まってゆく中で、それを打ち明ける機会もあったかもしれない。

 三好にメールを送ると、すぐに「お悔やみ」の返信が届いた。連絡をもらえて嬉(うれ)しいと書いてあった。ただ、面会は構わないが、直接ではなく、ネット上でアバターを介して会いたいというので、それに同意した。

 以前のことがあっただけに、母の死後、八ヶ月を経ての面会依頼に、富田は応じないのではと懸念していたが、意外にも、すぐに日時を指定された。

 安楽死には、登録医による長期的な診察と認可が必要だというのは、法制化にあたって、オランダの「死の医療化」を模した通りである。そして母は、九年前に、以前の病院からこの富田医院に「かかりつけ医」を変更していた。僕はそのことを知っていたが、母の説明は、「駅に近くて、こっちの方が便利だから。」というものだった。

 僕は、そうだろうかと不審に感じたものの、あまり深くは気に留めなかった。富田医院が、安楽死の認定を行っている病院だと知ったのは、母からその意思を伝えられたあとだった。

 安楽死の認可には、関与したがらない医師の方が圧倒的に多い。取(と)り分(わ)け、国の社会保障制度の破綻から、その志望者が急増しつつある現状では。母の長年のかかりつけ医もそうだった。

(平野啓一郎・作、菅実花・画)

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