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【連載小説「本心」】

本心<56>

写真

第五章 “死の一瞬前”

 母がもし、最初から安楽死を意図して、かかりつけ医を変更していたのだとするならば、母の意思は、僕に告白した時点よりも、遙(はる)か以前に固まっていたことになる。しかし、高々(たかだか)、還暦という年齢で、そんなことを考えていたとは、到底思えなかった。

 当時僕は、二十歳になったばかりだった。そして母は、大学に進学できず、不安定な職を転々としていた僕の将来を強く案じていた。直接は決して口にしなかったが、僕が愛の生活からは、凡(およ)そほど遠い人生を生きていることも、懸念の一つだったはずだ。

 どうしてその時に、僕を見捨てて、安楽死など考えるだろうか? 事実、僕が今の仕事でどうにか生活を安定させるまで、母の存在は精神的にも、経済的にも不可欠だった。

 母自身の様子は?――まったくそんな気配はなかった。健康で、いつも笑顔だった。尤(もっと)も、この確信は、野崎の手によって自動修正を解除された写真によって、かなり動揺してはいるが。

 いずれにせよ、母の生前から、僕はこう考えていたのだった。むしろ、逆ではないのかと。母は実際、ただ「便利だから」という理由で、富田医院にかかりつけ医を変更したのだろう。しかし、通院するうちに、安楽死を肯定するこの病院の方針に影響されて、自分でもそれを考えるようになったのではないか、と。

 昼休みの時間に病院を訪れると、受付で少し待たされた。傍らの本棚には、子供の絵本や雑誌などに混ざって、『美しい死に方――安楽死という選択』というタイトルの本が差さっていた。背表紙は、ここで、この本を手に取った人々を想像させるほどに、酷(ひど)く傷んでいた。母もこれを読んだのだろうか? 手を伸ばしかけたところで、看護師に呼ばれて、応接室に通された。

 富田は、黒い革張りのソファに座っていて、向かいの場所を僕に勧めた。

 還暦をようやく過ぎたくらいの年齢で、黒い威圧的なナイロールの眼鏡が記憶に残っていた。しかし、たった数年が、風貌に出やすい年齢なのか、白い髭剃(ひげそ)りあとのある、か細い頬の輪郭線は、対照的に、どことなく心許(こころもと)なかった。ネクタイを緩めていたせいで、首許(くびもと)の弛(たる)みが、余計に目についた。

(平野啓一郎・作、菅実花・画)

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