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【知られざる世界ランカー】

高速ラリー信頼の証し フレスコボール・落合真彩、小沢彩香

 「カン、カン、カン」と、小気味よいラリー音が都内の人工ビーチに響く。人気上昇中の新感覚のビーチスポーツ「フレスコボール」だ。女子日本代表ペアの落合真彩(まあや)(28)と小沢彩香(35)は昨年十二月、最高峰のブラジル選手権で三位になる快挙を成し遂げた。「誰とでも仲良くなれるスポーツ」と、口をそろえて魅力を語る。

長身の小沢彩香はリーチの長さが武器

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 ブラジル選手権はフレスコボール発祥の地、リオデジャネイロのコパカバーナビーチで毎年開かれる。二〇一七年の男子に続き、昨年は女子も初の日本代表を編成して出場。落合、小沢ペアもその一組として、夏真っ盛りの地球の裏側で「思い出ではなく、歴史をつくる」と挑み、同じく三位と健闘した男子ペア(芝卓史、長田涼)とともに日本勢初の表彰台に立った。

 同じラケット競技でも、テニスや卓球などとは似て非なる。打ち合う相手は敵ではなく味方。五分間、ボールを落とさないようにラリーを続け、その回数やバランスを得点で競う。ラリーが続くよう、互いに相手の打ちやすい所に打ち返すから、「思いやりのスポーツ」と称される。

 落合は女子の日本ランキング一位、小沢は三位だ。学生時代にソフトボールで鍛えた落合は「安定の真彩」と呼ばれ、ラリーが乱れたときに立て直すのが得意。バスケットボール選手だった小沢は一七四センチの長身でリーチがあり、ボールに届く範囲が広く、相手は安心して打ち込める。

 ブラジル選手権では二人の持ち味が発揮された。予選で555・5点をたたき出し、トップで通過。しかし酷暑の中で行われた決勝は400点にも届かず、結果は三位だった。「優勝を意識して重圧を感じた」と落合。小沢は「筋肉疲労がピークだった」と振り返る。

 一九四五年に誕生したフレスコボールだが、日本に上陸したのは六年前。今が大事な時と、国内での普及を加速させたい二人は「初代女子日本代表」にこだわり、本場のブラジルで結果を出した。落合は「三位ってすごいこと。でも優勝も見えただけに悔しさの方が大きい」と話す。

プレーの安定感では国内随一の落合真彩=いずれも東京都杉並区で

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 フレスコボールを始めたのはともに一六年。落合は大学の後輩に、小沢は友人に誘われた。二人ともラケット競技は未経験だったが、ラリーが続くようになると面白さにはまった。競技人口が少なく、頑張れば日本代表になれる−。そんな思いも二人の実力を押し上げた。

 その魅力を、落合は「相手を打ち負かすのでなく、協力して点数を重ねていくところ。二人の仲が良くなるほど高得点が期待できる」と話す。小沢も「相手を思いやるのは大前提で、心のつながりを感じられるところが好き。相手が打ち返してくれると信じているから、強いアタックが打てる」と言う。

 代表クラスのアタックの打球は、体感速度で時速百二十キロにも感じられる。高速ラリーは互いの心が通い合う「会話」なのだ。

 二人は会員制交流サイト(SNS)などでの発信にも力を入れる。フリーライターとしても活動する落合は昨年、二十九選手のインタビューを投稿サイトで連載した。「フレスコボールの認知度を上げるのはもちろん、今いるメンバーがフレスコの良さを再確認できるような記事にした」と振り返る。

 三十三歳で競技を始めた小沢は、未経験者が始めやすいハードルの低さのほか、「前方のボールを追う動きはスクワット効果があり、スイングは体をひねり、二の腕にも効く。自然とシェイプアップしてしまうんです」と美容効果もアピール。「色とりどりのラケットや自由な衣装はおしゃれで、インスタ映えする楽しさもある。女性に体験してほしい」と笑顔で語った。 (敬称略)

人工ビーチで打ち合う小沢彩香(左)と落合真彩。味方とのラリーは「会話」でもある

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◆フレスコボールって?

<日本での普及> 2013年に日本フレスコボール協会が発足し、15年からジャパン・オープン(日本選手権)が始まった。国内の競技人口は約2000人。ブラジル選手権は17年に初めて男子の日本代表が出場。18年大会は男女10選手を派遣し、男子、女子各ペアの3位のほか、ミックス部門で落合と倉茂孝明のぺアが5位入賞した。

<ルール> ラケットでゴム製のボールを7メートル以上離れた距離で5分間打ち合う。ラリーは1打1点。相手の打球より強く打ち返す「アタック」などにはボーナス点が加算され、合計点で競う。

<おちあい・まあや> 筑波大学時代はソフトボール部で内野手。フレスコボールを始めた16年と、17年のジャパン・オープンを連覇するなど18年までに国内計10大会12部門で優勝。同年は日本協会の年間最優秀選手に輝く。フリーランスのビジネス系ライターとして活動。相模原市出身。

<おざわ・あやか> 小学校から高校までバスケットボールに打ち込み、社会人になってクラブチームも立ち上げた。フレスコボールでは17年から全ての試合に出場し、18年はジャパン・オープンで念願の初優勝。都内の歯科医院で歯科技工士として働く。練馬区出身。

 文・牧田幸夫/写真・岩本旭人

 

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