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【知られざる世界ランカー】

魔法の世界、駆ける クィディッチ・東京ペンギンズ

日本のクィディッチを引っ張る東京ペンギンズのメンバー

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 小説や映画で大人気の「ハリー・ポッター」で、魔法使いたちが空飛ぶほうきに乗って熱中する「クィディッチ」。架空のスポーツと思いきや、現実世界でも約40の国・地域で行われている。国内でも昨年、日本選手権が開かれ、初代王者が「東京ペンギンズ」。今夏の国際大会でも2位と飛躍を続ける。 

 メンバーは学生、社会人を中心に二十代の男女十七人。毎週末に都内の公園で、他のチームと合同練習。魔法界の世界観の下、ほうきに見立てたパイプをまたに挟んでプレーするのが、この競技の特徴だ。

 ゲームは1チーム男女混合の7人で対戦。敵のゴール(三つの輪)にシュートする得点用のボールのほかに、相手のプレーを妨害する3個のボールが飛び交う。シュートが決まれば10点。正面からならタックルも認められ、まるでハンドボール、ドッジボール、ラグビーが同時進行の“カオス状態”だ。

ゴールの輪に得点用のボール(ソフトバレーボール)を通過させると10点。ボールは片手でつかめるよう少し空気が抜いてある=いずれも新宿区で

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 東大院生で競技を日本に広めた監督兼選手の小山耕平(24)が説明する。「4個のボールを使うクィディッチは戦略性に富んだ頭脳戦。攻めていても、実は形勢が不利になっていることも。全体を俯瞰(ふかん)する能力が求められる」

 パスを回してシュートを狙っている時に、妨害のボールを当てられると、いったん自陣のゴールまで戻らなければならない。先読みして妨害プレーを妨害することが肝心。「どんな大男の突進もボールをぶつければ消せる。個のフィジカルより、チームの連係プレーが鍵を握る」

スニッチのタグを取りにいくシーカー(右)。30点が入り、ゲームは終了

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 一方、試合の終わり方は分かりやすい。開始から17分半後に、スニッチと呼ばれる「中立の人物」が入り、逃げ回る。シーカーと呼ばれる両軍の選手が追いかけ、腰のタグを奪い合う。まさに鬼ごっこ。取った方に30点が入り、終了だ。

 シーカーは映画で金色のボール(スニッチ)を追い掛けるハリーの役どころ。担当する樋口慶直(21)は、元陸上選手。「点差が30点以内ならタグを取った方が勝ち。しかし40点以上の差で負けている時は、スニッチを守って相手シーカーの邪魔をする」と、味方が得点するのを待つ。

 韓国・仁川で開かれた七月の「アジア・パシフィック大会」では、ベトナム、韓国、マレーシアのチームを撃破。決勝で強豪オーストラリアのチームに敗れたが、日本の存在感は示した。

練習を中断し、厳しい表情でメンバーと話し合う小山(中央)

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 元高校球児の小山がクィディッチに出合ったのは米ニュージャージー州の大学に留学してすぐの二〇一六年九月。興味半分、冷やかし半分で体験会に参加したところ、その面白さに引き込まれた。帰国までの一年間、競技に打ち込んだ。最後の大会となった全米大会。ベスト32で敗退が決まった時には、悔しさと仲間との別れに号泣したという。

 「互いにリスペクトし、日本の部活のような年齢や能力による上下関係もなく、男女が平等にプレーする。クィディッチというスポーツと文化を日本にも普及させたいと思った」

 一七年夏、帰国すると早速、活動開始。ホームセンターでほうき用のパイプを買い、百円ショップでゴール用のフープを調達するなど、道具は手作り。「日本クィディッチ協会」を立ち上げ、体験会を積み重ねた。活動は実り、ぽつぽつとチームが生まれ始めた。

 東京ペンギンズは初の日本選手権を三カ月後に控えた一八年九月に誕生。翌月には女子主将の広川美波(23)が加入。彼女もまた米アリゾナ州の大学に留学中、クィディッチ選手として活躍していた。本場仕込みのプレーと経験値がチーム力を底上げした。

 チーム名には、リスクを顧みず挑戦する“ファーストペンギン”でありたいという願いが込められている。小山は「これからも日本のクィディッチ界の先頭に立って走り続ける」と、競技の可能性と未来をしっかり見据えた。 (敬称略)

<現実世界のクィディッチ> 2005年、米バーモント州の2人の学生によって考案された。12年からワールドカップ(W杯)が隔年で始まり、18年イタリア大会では29チームが参加するまでに発展。発祥国の米国が3度、豪州が1度優勝している。欧米を中心に約40カ国・地域でプレーされ、競技人口は推定2万人。米国とイギリスではリーグ戦も行われている。

 日本では東京4、大阪1の5チームが活動中。競技力が国際クィディッチ連盟に認められ、20年W杯(7月・米リッチモンド)への初出場が決まった。日本代表監督を務める小山は「日米で培った経験を代表チームに還元し、ベスト8を目指す」と意気込む。

 クィディッチ全般の問い合わせは一般社団法人日本クィディッチ協会の公式サイト(https://quidditchjapan.org/)で。

 文と写真・牧田幸夫

 

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